竹下さんは、そっと手紙を開き、じいちゃんの手紙を読んでいた。
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『竹下さん、お元気でしょうか。
 ずいぶんと長い年月が経ってしまいました。私が過ごしたのと、同じ年月があなたにもあったんでしょうね。私の生きてきた弓道人生をあなたにも見てほしかった。それが私の生きてきたあかしだと、この年になって思うようになりました。

 あの深川の道場で初めてお会いした時、あなたの弓の才能には驚かされました。そして、永遠のライバルだと感じました。これからずっと弓道を通じて高みを目指していけると思っていました。ところが、あなたのお父上がお亡くなりになると、突然私の前から居なくなってしまいました。あの前日の夜の十二射、初めてあなたが的を三本外しました。心配事や悩みがあったのでしょうか、涙を流して弓をひいているように感じました。あのとき、あなたは弓道に別れを告げていたのかもしれませんね。私はそれを気にしていながらも、聞いてあげられなかったことを今も後悔しています。あなたと目指していた全日本の優勝も果たせないままでいます。私は竹下さんのために何ができたんだろうか。

 あなたが居なくなった道場は、夢から覚めたように何もなかった。大事な存在を失ってしまったことで目的も明日も見えなくなり、虚しい日々が待っていました。ふたりして競い合っていた時が、幸せな時間でした。孤独な道場にいたたまれなくなって館山に帰って来てしまいました。それでもあなたに会いたくて、富士見の坂のところでお会いしましたね。弓から離れてしまったあなたの無念さが伝わってきて私もつらかった。また一緒に弓をひこうと言った時、あなたは目を閉じて首を横にふりましたね。あれだけの弓をひく竹下さんが、弓を続けられないなんて悔しくてたまりませんでした。
1154829212_1158525 この年になるまで弓道を続けてきましたが、弓を続けられなくなった竹下さんの分まで頑張ろうと続けてきました。あの当時、私たちの間にはあまり会話はありませんでしたが、あなたの思いは射の様子でいつも感じ取っていました。
 いまだから話せることもあるのではないかと考える毎日です。竹下さんとお話してこれまでのことを聞いてみたい、弓を離れなければならなかった胸の内を、悔しさを、弓のライバルだった私になら話すことができるんじゃないかと思います。あの時何もしてあげられなかったけど、あなたの話を聞くことで、背負っている肩の荷を少しでも下ろしてあげられたらと考えています。私はもう、そう長くは生きられないようです。懸命に探してみましたが、まるで夢だったようにあなたはどこにもいなかった。

 もう一度会いたい。私の命があるうちに・・・』

静かな時間の中に、竹下さんのすすり泣く声だけが聞こえていた。

       〈続く〉