潮騒が聞こえる〈BEACHBOYS1997〉

たそがれ時を過ごす場所。Costa del Biento / Sionecafe    2022年、館山の夕日劇場を見においで

東京

隅田川大橋という名前の2層橋

日本橋浜町の東京エアターミナルの所から深川門前仲町に向かって
わたる橋が隅田川大橋ですが、ここは2層式の橋になっています。
上に箱崎ジャンクションから深川線福住出口を含む高速道路の橋があります。
さらに、橋の地下には地下鉄半蔵門線が走っています。
奥に見える高層ビル群はこの先の三角州のようにある佃島の億ション群です。

隅田川の観光船、浅草吾妻橋と浜松町の日の出桟橋をむすぶ船がやってきましたね。
僕は門前仲町に居たので、橋を渡っての深川には何があるか、
道路がイメージできますよ。
14隅田川大橋




by.  sionecafe

蔵前橋

昭和生まれには「蔵前」というと、両国に国技館ができる前の
「蔵前国技館」のイメージがありますね。プロレスの名勝負も
ここでしたね。現在は文房具店やおしゃれな店舗が増えて
散歩に適した街並みになっています。

この隅田川にかかる蔵前橋は重厚ですね。


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夏の風物詩

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ぼくが東京に月一で通っていた頃、平成の芝公園、東京タワーの周辺でした。
アイスキャンディー売りの人がいました。かつて昭和の頃はよく見かける光景でした。
あの頃は、夏の木陰で見られた夏の風物詩でした。
おじさんの立ち位置が面白いですね。公園内でほとんど車が来ない場所で、
歩道を邪魔しないようにおじさんだけが車道側に立つ工夫ですね。

ウィキペディアによると、1905年、サンフランシスコの11歳の少年フランク・エバーソンが
寒い日にジュースにかき回した棒を挿したまま外に放置してしまった。
それが凍ってキャンディーのようになったのが起源とされ、彼はアイスキャンディーの発明者となった。
日本では大正時代に5円で売られるようになった。

昭和30年頃までは、サラ金の隠語だったそうですよ。
氷菓子。。。高利貸し
だったそうです。なるほどねえ。


神保町交差点

古き良き時代の靖国通りですね。
神保町交差点の交番もあります。
古本屋が靖国通りの南側に集中してあるのは、本が太陽に当てられないように
道路側に入口のある側だけに並んでいるんだそうです。

僕らの時代はビニ本と呼ばれたエッチ系で有名な芳賀書店がありました。
芳賀書店だけでなく、神保町の交差点から水道橋へ向かうと2軒くらいはあったね。
あれも、神保町の書店の歴史の1ページだったと思います。宇宙企画などの
VHSによって、裸のアイドルが生まれました。

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東京はいつの世も

東京を夢見る昭和の時代、
新川二郎さんの「東京の灯よいつまでも」
親が好きで歌っていたなあ。。。





そして、灰田勝彦さんの「東京の屋根の下」
地方から東京を目指して、夢を抱いていた先人たち。。。




そして、僕らの世代は井上陽水さんの「TOKYO」
詞の流れで、はとバスにのっているような心地よい曲です。
東京はいつの時代も、夢のある場所であって欲しいですね。

館山港午後2時半

CIMG0578期間限定のジェット船が、日曜日午後2時半に
館山港に入ってきた。
これは東京の竹芝桟橋を午後1時5分に出た
ジェットフォイル虹号が館山に到着したもの。

東京から75分で館山で降りる人、館山から
乗船して伊豆大島に向かう人。
2月1日から3月22日までの
春季期間限定便となります。



CIMG0581これが定着すれば、江ノ島便、下田便と館山からの交通網として夢は広がりますね。
オリンピック期間にお台場行きをつなげれば、世界からの五輪客を館山の施設で宿泊を受け、
おもてなしが出来れば、館山を発信できますね。

隅田川の橋 2

両国橋は、春に行われる早稲田と慶応の早慶レガッタというボートの競争のゴール地点になります。
スタート地点は浅草のもっと上流の桜橋という歩行者専用のX型の橋のあたりです。
さて、船、水上バスは蔵前橋に差し掛かりました。
ここには、国技館が両国にもどるまえに使用されていた「蔵前国技館」がありました。
ぼくの好きなプロレスは、この蔵前国技館が聖地でしたね。
アントニオ猪木が極真空手の熊殺しウィリー・ウィリアムスと闘ったのもここではなかったでしょうか!?
 
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とても頑丈そうな橋ですね。
震災の記録を残す記念館もこのあたりではなかったかと思います。
 
そして、3つのアーチからなる厩橋(うまやばし)が見えてきました。
おそらく馬に関する施設があった場所でしょうね。
だんだんと、右の岸には芸者さんのまち、左の岸にはどじょうや江戸の風情の料理屋さん
浅草の風が吹いてきました。
 
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すると、急に右手にスカイツリーが見えてきました。
 
そうとう高い建物ですね。
 
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スカイツリーに見とれていると、大川べりの浅草のランドマーク、
アサヒビールの建物が見えてきました。
屋上には雲をイメージしたそうですが、金色のオブジェがっ!
乗り合わせたご家族のお子さんが「あ!金色のうんこだ!」と
あられちゃんのようなひとこと。。。。。
 
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船内がドッと沸いたところで、終点の吾妻橋が見えてきました。
浅草に到着したようです。
この日は、日の出桟橋行きの折り返しに乗る人たちが、たくさん並んでいました。
町にでると、雷門も混雑していましたが、電気ブランの神谷バーの入口にも
人が並んでいました。
江戸の名残の浅草はまだまだ、人を引き付けるようです。
 
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隅田川の橋 1

東京日の出桟橋から水上バスにのり、浅草を目指しました。
船の乗客の半分以上は外人観光客です。
浅草までのあいだ、十数か所の橋をくぐります。
 
江戸の繁栄をみてきた下町の風景を思いながら、船は川をさかのぼっていきます。
魔法使いサリーちゃんの最終回、サリーとカブを乗せた馬車が開いた橋から空へ向かう、
あのモデルとなった勝鬨橋(かちどきばし)をくぐると、隅田川の川っぺリが公園化しています。
昔の工場跡に高級マンションが立ち並ぶ佃島界隈をぬけます。
ここは、石立鉄夫さんと杉田かおるさんの「パパと呼ばないで」がロケされた場所です。
佃煮屋さんを舞台にした桜田淳子さんの「天佃天」もここの天安さんが舞台でした。
 
永代橋をくぐると、深川あたりにさしかかります。
すると、きれいなつり橋が見えてきます。これが、清洲橋(きよすばし)です。
さんまさんと大竹しのぶさんを結びつけたドラマ「男女7人夏物語」で登場したあの橋です。
 
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館山出身の水泳得意少女だった石井明美さんの唄う主題歌 chachacha♪が聞こえてきそうです。
 
そしてすぐに新大橋がみえてきます。
ここは、いなせな浜町・人形町と深川森下町を結んでいる比較的新しい橋です。
この橋のたもとにある森下町では、かつて川俣軍次による無差別通り魔事件がありました。
立てこもった中華料理店で逮捕されて、パンツ姿ででてきましたが、ぼくは近くの門前仲町に
住んでいたので、忌まわしい事件として記憶にあります。
 
そして、いま話題の両国橋です。国技館の屋根も見える川からの風景でした。
お相撲さんを見かける界隈です。
イメージ 2
 
ここまでくると、浅草までの半分が過ぎたことになります。
さあ、後半です。
 
ビリー工作キット昭和シリーズ
ぼくらの夏は終わらない 1997年夏の月9ドラマ「ビーチボーイズ」に酔いしれる。館山市布良でロケ。
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