潮騒が聞こえる〈BEACHBOYS1997〉

たそがれ時を過ごす場所。Costa del Biento / Sionecafe

春子と真琴

春子と真琴の15年 最終話

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春子と真琴は、最後の最後まで解体が終わるまで、

じっとその場所で見守っていた。
こぼれる涙をぬぐおうともしないで、

涙でにじむ民宿の姿を胸に刻み込んでいた。

その数日後、真琴は図書館勤務を辞めて、

東京の母の元に引き取られていった。
 

そして、スナック渚前の白いベンチに、きょうも春子の姿がある。
郵便配達の途中のこうぞうが通りかかった。

こうぞう「春ちゃん、なにしてるの?」
春子  「別に・・・・」

こうぞう「別に。。って、どっかのタレントさんみたいじゃない?」
春子  「別に・・・・」

こうぞう「春ちゃん、元気だしなよ!春ちゃんが暗くしていると、

     俺らまで沈んじゃうよ」
春子  「・・・」

こうぞう「じゃあ、おれ配達の途中だから・・」
こうぞうは、春子を気にしながらも、帽子をかぶりなおして

郵便物の配達に向った。

こうぞうと入れ替えで、タクシーの運転手に戻った蓑田がとおりかかった。
蓑田  「春子さん・・・」
呼びかけても返答のない、ぬけがらのような春子をみて、

心配そうに蓑田は去っていった。

春子は毎日、このベンチに座って海を見つめている。
毎日考えていることはひとつのようだ。
いつも、ひとことだが、こうつぶやいている。

春子  「春樹・・・・・・・・・・・・・・・・」
その目ははるか海の沖を見ている。
はるか中東にいる春樹のことを、春樹だけのことを春子は思っている。
それはフェリーの悲しい別れのときの約束でもあった。

民宿も渚も社長も失った春子のいきがいは、春樹だけだった。

蓑田もこうぞうも、心配して日課として1日何回か、

このベンチの前を通ることにしていた。

その理由はただひとつ、春子の様子をみるためであった。

蓑田もこうぞうも、春子のために渚だけは守りたかったが、

それもかなわなかった。
何度も何度も、春子に頭を下げた。
しかし、春子にはもうふたりのことを思いやるこころの余裕がなかった。

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そんなある日、こうぞうはきょうも白いベンチに座っている春子に

手紙を持ってきた。
こうぞう 「春ちゃん、はい手紙!」

こうぞう 「春ちゃん、はい手紙!」
春子   「え?手紙?」

春子の目が一瞬、活気を取り戻したように見えた。
春樹からの手紙?まさか?という気持ちのたかまりが
春子の回路を急激に回転させたようだ。
いつもの春子がそこに甦った。

こうぞう 「誰からなの?」
手紙をみて、春子はつぶやいた。

春子   「ああ、真琴から・・・」
ちょっと気落ちした春子だったが、ひさしぶりの真琴の手紙を読み始めた。

手紙
「春子さん お元気ですか?

さみしそうにしてると、こうぞう君から聞きました。
ひとりになっちゃった春子さんが、また元気になってくれるのが、

私は一番うれしい。
私は、東京でも図書館に勤務しています。
子どもたちが本を読んでいる姿をみると静かなしあわせを感じます。
潮音にいたときと同じ図書館のお仕事なのでちょっと困ったことがあります。
勤務が終わって図書館をでたとき、潮騒が聞こえないのと、
海のにおいがしてこないので、ちょっと寂しくなります。
いままであたりまえのように思えていたことが、とっても貴重に思えます。
私にはあの潮音の環境がやっぱりいちばん合ってると思います。
わたしが頑張って、またあの場所に民宿を建てるから、
それまで待っててね・・春子さん。約束だよ。

追伸 :美智恵さんと、昨日会いました。
こんど潮音海岸入口で、軽食屋さんを開くそうです。
これって、ひょっとしてわたしのためにィ??
 真 琴   」


春子  「真琴、元気そうジャン。よかった~」
こうぞう「春ちゃんも早く元気になってよ」

春子  「え?別に・・・」
こうぞう「じゃあ、おれ配達の途中だから、行くね」

春子の態度に軽く鼻をひきつらせながら、帽子をかぶりなおした。
こうぞうはオートバイのエンジンをかけて、走らせた。

そして、また春子はひとりになった。
来る日も来る日も、春子は白いベンチで時を過ごした。


いつからか、春子の姿が、このベンチから見られなくなった。
町を出て行ったのだろうと、うわさが流れた。


春子の座っていたベンチの右端に文字のようなシミが残っていた。
それは毎日毎日、春子が涙をぬぐった指で書いた文字のシミだった。

そのベンチのシミは、「は・る・き」の三文字に読めた。

 
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春子と真琴の15年 その8

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唇をかみしめた春子が、真琴の肩を抱きしめた。
春子と真琴は山の上から、

荒れ果てた潮音海岸を見下ろしていた。

その頃、静かな朝を迎えた潮音漁港では打ち上げられた漁船や、

建物の被害が報告されていた。

ここ美崎市潮音地区あたりが、際立って被害が大きかったようだ。
そんな漁港にほど近い「やきとり渚」(旧スナック渚)の前には、

蓑田とこうぞうがたたずんでいた。

こうぞう「キャプテン・・」
蓑田  「こうぞう、昨日はありがとう。おまえには助けられた」

こうぞう「いや、この店を守ろうとして建物を必死で支えていた

     キャプテンをみて、正直涙が止まりませんでした」

蓑田  「こうぞう!」
こうぞう「キャプテン!」
ふたりは優勝したチームのバッテリーのように、ガッシと抱き合った。

こうぞう「これから、どうしますか?」
蓑田  「先のことは、考えないことにする。
     こうぞう、これからも付いて来てくれるか?」

こうぞう「もちろんです、キャプテン!」
蓑田  「こうぞう!」
ふたりは、ふたたび抱き合っていた。

蓑田もこうぞうも、さみしかったのだ。

人間は将来に不安のない人などいない。
みんな不安なのだ。でも、みんなそれを隠して生きている。
こういう試練が重なって、ひとは強くなっていくのかもしれない。

 
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一週間後、渚の建物は保存不可能な崩壊と判断されて、
土地の大家さんによって解体された。建物の一部はその場で焼却処理された。
空き地となった渚の建物あとに積まれた木材を燃やした残り火が、
弱々しくうっすらと煙をあげていた。

こうぞう「キャプテン、なくなっちゃいましたね」
蓑田  「こうぞう、何も言うな・・・」
ふたりはたちのぼる残り火をじっとみつめて、立ち尽くしていた。

そこへ、自転車に乗った常連さんが通りかかった。

喬太郎 「あれ?スナック渚がなくなってる。ここどうしたんですか?」
こうぞう「はい、台風で・・・」
喬太郎 「そうですか、残念ですね」
ふたりは小さくお辞儀をして自転車を見送った。

スナック渚の建物はこれで無くなってしまった。
ただ、その名残として漁港を見下ろす道路わきには、
当時の白いベンチが常連さんたちの手によって、

リニューアルして設置されている。

その日、潮音海岸は初夏の太陽がふりそそぐ光のシャワーを浴びていた。
春子と真琴は民宿ダイヤモンドヘッドの建物の中の整理をしていた。

真琴  「春子さん、これはどうする?」
春子  「もう使えなさそうなものは、全部捨てないといけないね」

真琴  「でも、家中のものは波に洗われちゃったから、

     全部くさいし、だめだね」
春子  「そうだねえ」

民宿の前に車が止まった。
慶子  「おはようございます」
真琴  「あ、お母さん」

真琴の母、慶子は事実上のこの民宿の経営者である。
慶子  「ふたりに話があるんだけど、いい?」
春子と真琴はかたずけの手を止めて、慶子の声に小さくうなづいた。

 
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海を見つめて岩場に3人が腰掛けている。
春子  「慶子さん、もう一度ここを立て直せないかなあ?」
慶子  「春子ちゃん、もうそれだけのお金が出せる余裕がないの」
真琴  「あたしも頑張って手伝うから、なんとかならないかなあ?」

慶子は、ある決心をしたかのように、じっと見つめて話し始めた。
慶子  「真琴、おじいちゃんの建てたこの民宿は、そろそろ役目を

     終わったんじゃないかと私は思うの。
     おじいちゃんもよく言ってたでしょ。
     ここは、おじいちゃんの海なんだから、

     おじいちゃんがいなければ意味がないじゃない?」

春子  「慶子さん、でも私はここで民宿をつづけていなければ

     いけない理由があるの」
慶子  「(小さくうなづき)

     私もできることならば、そうさせてあげたい。
     だけど、私ひとりの力ではどうしようもないの」

春子  「ごめんなさい、慶子さん。わかっているの、

     わかっているんだけど・・・」
慶子  「ここは誰かが決断しないといけないと思うのよ。

     だから、わたしが・・・。
     どう思われても仕方ないけど、民宿はもう続けられないわ」
真琴  「おかあさん・・・・・・・」

慶子の言葉に納得せざるを得なかった春子は、そっとうなずいた。
春子  「慶子さん、いままでわがまま聞いてくれて、ありがとう」
慶子  「ごめんね、春子ちゃん」

こうして、民宿ダイヤモンドヘッドの残った部分の解体が行われた。

真琴  「春子さん、おじいちゃんも、この民宿も、

     もう思い出の中でしか見ることがで
     きなくなっちゃうんだね」
春子  「真琴、覚えておくんだよ。この民宿でのこと」

真琴  「うん、忘れないよ。ずっとずっと」
春子  「真琴~」

春子と真琴は、最後の最後まで解体が終わるまで、

じっとその場所で見守っていた。
こぼれる涙をぬぐおうともしないで、
涙でにじむ民宿の姿を胸に刻み込んでいた。
 
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つづく

春子と真琴の15年 その7


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スナック渚の店内は風速30mの雨風を直接受けて、
店内だけでなく建物自体が倒壊しはじめた。
そのなかで蓑田は泣きながら支柱を支えていた。
蓑田  「わ~~~!春ちゃ~~ん!」

こうぞうが美崎小学校に蓑田の安否を尋ねたが、

まだ蓑田は避難所にはいなかった。
ある胸騒ぎを覚えたこうぞうは山の上の寺を飛び出した。
雨風はさらに強くなってきていた。

「キャプテ~ン!」
急な坂道をころがるように、こうぞうは走りおりていった。

テレビ局のアナウンサーが台風の中、生中継で漁港に立っていたが、
物が飛んでくるので、車の中に避難しているかたわらを

こうぞうは駆け抜けていった。

こうぞうはたたきつける雨の中、

やきとり渚」(旧スナック渚)いそいで向っていた。
坂道を流れる雨水にすべりながら、

やっとの思いで渚の建物の前に着いた。
大粒の雨の中で見上げたこうぞうは、建物が半壊しているのを確認した。

こうぞう「わ~~、キャプテン~!」
飛び散った板やトタンを除けながら、中に入っていった。

こうぞう「キャプテン、どこですかあ~~」
びしょぬれになって、厨房の支柱を支えている蓑田を見つけたこうぞうは、
いそいで蓑田のもとに駆け寄った。

こうぞう「キャプテン~、危険ですから、もうその手を離して下さい」
蓑田  「・・・」

こうぞう「キャプテン、もういい、もういいんですよ~」

蓑田は半分気を失った状態だった。

こうぞうの声も聞こえていないようだ。
こうぞうは泣きながら、蓑田の手を支柱から離して、

蓑田の体を背負って建物から脱出した。

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房総半島南部に上陸した大型台風は、

その夜を通して暴れまくっていった。
明け方にその吹き返しの強風が、潮音海岸を吹きぬけていった。

あたりが薄っすらと明るくなる頃には、静かな空が戻っていた。
避難所となっていたお寺の、軒先の雨伝いの金属が、
ウィンドチャイムのような音を奏でていた。

寺を出た真琴が潮音海岸を見下ろせる場所まで歩いてきた。
真琴  「あっ・・・・・」

 

真琴が見ている先に、屋根と海側の半分がなくなっている
民宿ダイヤモンドヘッドがあった。
昨日の台風で大波が潮音海岸を覆ってしまったようだ。
その潮がひくときの力で
建物の半分が海の中に引きずり込まれてしまったようだ。
民宿ダイヤモンドヘッドは全壊に近い状態にあった。

真琴は、しばらくボーッとして見ているしかなかった。
そこへ、真琴を探して出てきた春子がそばに寄って来た。

春子 「真琴~、どうした?」
真琴 「あ、春子さん、民宿が・・ダイヤモンドヘッドがっ・・」

真琴が指さす先をみた春子。
春子 「あ~~あ~、人生はいろいろあるけど・・・、
    辛いことの方がずっ~と多いよね、真琴・・・」
真琴 「春子さん・・・(泣)」

唇をかみしめた春子が、真琴の肩を抱きしめた。

春子と真琴は山の上から、
荒れ果てた潮音海岸を見下ろしていた。

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春子と真琴の15年 その6

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真琴  「あっ・・・・・」

坂道を登る真琴の見下ろしていた潮音海岸が、
あっというまに大波に覆われてしまった。
民宿の屋根がかろうじて見える。
ス~っと潮が引いていった。民宿の姿もはっきり現れた。
しかし、次の瞬間いままで見たこともない大津波が
高層ビルのような壁になって押し寄せてきた。
そして、一瞬のうちに浜のすべてを覆ってしまった。

ゆっくりと大きな水のうねりが渦を巻き、
波が引いたときには
民宿のベランダと2階の屋根がなくなってしまっていた。
波の引く力で海の中に引きずり込まれていくのが見えた。
真琴  「あっ・・・・・」

真琴の「あっ」は、
無表情で大変なリスクを発見しているときの言葉だ。
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春子  「真琴~」
春子は真琴をぎゅっと抱きしめた。
真琴  「ダイヤモンドヘッドが・・・」

こうぞう「さあ、早く山の上のお寺まで避難しなくちゃ!」
春子  「さあ、泣いてる暇なんかないよ、坂を登るんだよ、真琴!」

強風とたたきつける雨の中、県道を横切り、
さらに急な坂を登った3人は
潮音海岸からみえる山の上にあるお寺に避難することが出来た。
春子  「こうぞうくん、ありがとうね。
     しらせに来てくれなかったら、
     私たちはどうなってたかわかんない」
こうぞう「ううん、そんなことないよ。とにかく無事でよかった」
『潮音地区緊急避難所』と書かれた建物の前まで3人はたどりついた。

真琴  「あ、こっちこっち。春子さんここだよ」
春子  「へえ、こんなところにお寺があったんだねえ」
こうぞう「ここはさあ、尼寺だから、あまり知られていないけどさあ、
     前に郵便物届けにきてたからさあ」
 
 
寺に入ると、布団と毛布が各自に配られた。
避難してきた人たちは、じっとテレビのニュースに見入っていた。
漁師が多く、港の船を心配している様子だった。

春子  「あ、勝さんが飾ってあった写真を忘れちゃった」
真琴  「といってもさあ、この台風の中
     とりに行くことなんてできないよ」
こうぞう「春ちゃん、それはあきらめたほうがいいよ」

真琴  「あれえ?蓑田さんは?」
こうぞう「ああ、渚の屋根のトタンが1枚はがれて飛んでいったんで、
     修理してたから・・」
春子  「渚にいるの?」
こうぞう「うん、でも小学校の方に避難してると思う」
春子  「そうよねえ、この台風のなかで外にはいられないわねえ」

しかし、根性の男・蓑田としおは、
スナック渚の建物の中で、
飛びそうになっている屋根を修理していた。
突風が渚の屋根をはがしはじめた。

蓑田  「あ~~~~!」

バキバキバキ!バーン!
スナック渚のトタン屋根がはがれて海の中へ飛んでいった。
屋根板も風で数枚飛ばされていった。
雨風が容赦なく、スナック渚の建物の中に吹き込んでくる。

スナック渚の店内は風速30mの雨風を直接受けて、
店内だけでなく建物自体が倒壊しはじめた。
そのなかで蓑田は泣きながら支柱を支えていた。

蓑田  「わ~~~!春ちゃ~~ん!」
 
こうぞうが美崎小学校に蓑田の安否を尋ねたが、
まだ蓑田は避難所にはいなかった。
ある胸騒ぎを覚えたこうぞうは山の上の寺を飛び出した。
雨風はさらに強くなってきていた。

「キャプテ~ン!」
急な坂道をころがるように、こうぞうは走りおりていった。

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春子と真琴の15年 その5

そして、話はいまから5年前になる。
真琴は大学を卒業して、美崎市図書館に就職していた。
その日は六月だというのに、大型台風が
房総半島に上陸するコースをとってきた。

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図書館長「和泉くん、今晩は台風が上陸しそうだから、
     きょうは早めに閉めよう」
真琴  「あ、はい。じゃあ、準備します」

雨は激しく降りだしている。もうすぐ美崎市も暴風圏内に入るらしい。
真琴は図書館をあとにした。
 
潮音海岸への坂道ではもうすでに、川のように雨水が流れていた。
ようやく真琴はダイヤモンドヘッドの玄関にたどり着いた。

真琴  「ただいま、春子さんいる?」
春子  「あ、真琴おかえり!
     いま蓑田さんとこうぞう君に
     窓に板をうちつけてもらってるんだ」
真琴は海側に回って、蓑田とこうぞうのところへ行った。

こうぞう「真琴ちゃん、おかえり。
     あぶないから中にいたほうがいいよ」
奥の窓で、蓑田は板を打ち付けている。
海からの大きな波が砕けてダイヤモンドヘッドのベランダまで
波を浴びていた。数十年に一度の大型台風が今晩上陸する予報だ。

蓑田  「春子さん、渚の方も心配だから、おれたち一度帰ります」
こうぞう「真琴ちゃんも春ちゃんも気をつけてね」
春子  「ああ、ありがとね」
蓑田とこうぞうは帰っていった。
午後7時を回ると、横風が激しく吹き出した。
民宿がガタガタと振動している。
真琴  「春子さん、だいじょうぶかな?」
春子  「なんだか怖いね。こんなとき、男がいないとだめだね」

バチっと電気が切れた。停電だ。
真琴  「春子さん!」
春子  「真琴~、懐中電気どこ?」
真琴  「ああ、茶箪笥の下の引き出し・・」

大波がベランダに寄せているようだ。
ガラス窓に波しぶきがあたっている。
繰り返して吹き荒れる突風に、
板を打ち付けてある窓が、ガタガタと揺れている。
突然バーンという音とともに、海側の雨戸が飛んでいった。
春子  「真琴~」
真琴  「春子さ~ん」
春子  「大丈夫だよ!きっと」
真琴  「ええ?きっと~? きっとって・・・・」

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ドンドン、玄関を誰かが叩いている。
 
春子  「どなたですか?」
こうぞう「春ちゃん、いる??」
春子  「ああ、いま開けるから」

鍵を開けてドアを開くと、びしょぬれのこうぞうが立っていた。
こうぞう「春ちゃん、この民宿に町から避難命令がでたんだ。
停電で連絡取れないんで言いに来たんだけど、坂道がくずれちゃってるよ」
春子  「ええ!ほんとう・・?」

真琴  「とりあえず、大事なものをまとめて持ち出さなくちゃ」
春子  「そうだね、行くぞ真琴」
真琴  「うん」
こうぞう「なるべく早くね!急いだ方がいいよ」

雨風は強くなってきている。
 
数十年みたこともない大型台風が、房総半島に上陸するようだ。
こうぞうの携帯無線に避難を急ぐように連絡が入った。

こうぞう「春ちゃ~ん、急いで!
どこかで起きた地震が重なって津波が近づいているらしいよ」
真琴  「あたしは用意できたよ!」
春子  「ああ、おまたせ。行こう!」

3人は玄関の鍵を閉めて、浜を出る坂道に向った。
風に飛ばされそうで、何かにつかまらなければ歩けない状態だ。
坂の上からは滝のように大量の雨水が流れ落ちてくる。
ゴーゴーと音をたてて叩きつけられる雨が体に痛い。

こうぞう「さっき崩れた道路がなくなってるよ。こっちは無理だな・・。
     ユースホステル側の坂を登ろう」
春子  「真琴、だいじょうぶ?」
真琴  「うん、春子さんもがんばって!」

砂浜を越えて、民宿の対面の坂道を3人は登っていった。
空がヒューと音をたてていたかと思ったら、
沖のほうから大きな波が壁のようになって潮音海岸に迫っているのが見えた。
ザバ~ン!!!

真琴  「あっ・・・・・」
 
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春子と真琴の15年 その4

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その日の午後、真琴が帰ってきた。
民宿の周りが騒々しかった。警察のパトカーや新聞記者、やじうまもいた。
玄関前にいた春子に気づいた真琴。
真琴  「春子さん、どうしたの?」
春子  「ああ、真琴、ごめんね・・・」

泣き崩れる春子。
真琴  「なにがあったの?」
春子  「民宿あらし・・」
真琴  「ええ!?きのうのお客がそうだったの?」
春子  「ごめんね。朝起きたらぜんぶ持っていかれちゃってたの」

真琴  「ていうことは、わたしの部屋も?」
春子  「うん・・ごめんね」
真琴  「ううん、わたしも留守しちゃったからね。
     春子さんのせいじゃないよ
     とにかく、いまは気持ちの整理をしなきゃ」
春子  「ありがとう・・・」

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刑事  「ここの経営者のかたですか?」
春子  「はい」
刑事  「ちょっときかせてください。客は何人でしたか?」
春子  「はい、5人です」
刑事  「名前は覚えてますか?」
春子  「いえ、予約帳もすべて持っていかれちゃいましたから・・」
刑事  「覚えていませんか・・」

真琴  「あ!春子さん、ジャニーズ・・」
春子  「あ、予約のときの名前、真琴覚えてる?」
真琴  「桜井、二宮、大野、相葉、松本っていってた」
刑事  「間違いありませんか?なぜ、あなたは覚えているの?」

真琴  「だってジャニーズのグループのメンバーと同じ名前だったから」
刑事  「桜井、二宮、大野、相葉、松本ですね。
     ちなみに、このグループの名前ってなにかわかる?」
真琴  「はい、あのう『嵐』です」
刑事  「え?アラシ? 民宿あらしのアラシ?
     ふ~む。それは偽名だね、きっと。」

真琴  「ああ、あらしねえ・・・なるほどね」
春子  「もうばっかみたい!」
 
 
真琴  「春子さん、どうする?」
春子  「真琴、あたしは負けないよ。
     いつか春樹が戻ってくるかもしれないんだから、
     この民宿がなくっちゃいけないんだよ。がんばるよ!」
真琴  「うん、がんばろう」

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話を聞いて、慶子が東京からやってきた。
慶子  「春子ちゃん、たいへんだったわね」
春子  「ご心配かけて、ごめんなさい」

慶子  「きょうは民宿をつづけるかどうか、お話をしにきたの」
春子  「慶子さん、なんとかつづけさせてもらえないかな」

慶子  「あんな人たちがまた来ないともかぎらないし、
     この民宿は町から離れているし、
     男の人がいないと、やっぱり物騒だと思うのよ」
春子  「わたしはここで、春樹を待ってないといけないの。
     春樹のためなら男にだってなるつもりでいます」

慶子  「春子ちゃん・・・・、真琴はどうなの?」
真琴  「わたし・・・ここにいたい。民宿、つづけさせて、おかあさん」

慶子  「春子ちゃん、今度だけは目をつぶります。
     あなたが春樹君を思うように私も真琴の安全を考えているの。
     また危険なことがあったら、
     真琴を引き取ることも考えるけど、それでもいい?」
真琴  「おかあさん・・・・」

春子  「ご心配かけました。
     わたし頑張るから、もう一度やらせてください」



その翌年、民宿ダイヤモンドヘッドは、
真琴の母、慶子の資金調達によって、ふたたび営業ができるようになった。
 

春子と真琴の15年 その3

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そして、次の日。
いまにも雨が降りそうな曇り空がどんよりした夕方、
5人の泊り客がやってきた。
ほろのついたトラックから5人が降りてきた。

A 「あの~、予約の桜井ですけど・・」

春子 「は~い、あ、ダイヤモンドヘッドにようこそ!
    5人様ですね。2人、3人でお部屋がわかれます。
    こちらへどうぞ」

部屋へ案内したあと、春子は夕飯の支度にとりかかった。
そこへ真琴から電話がかかった。

春子 「はい、真琴?」
真琴 「あ、春子さん、ごめんね。お客さんきてる?」
春子 「うん、もうきてるよ」

真琴 「いそがしいときに悪いんだけど、
    ゼミの先生が入院してしまって、ゼミ生で
    東京までお見舞いにいくことになっちゃったんだ。
    手伝えなくてごめんね」

春子 「ああん、いいよ。5人くらい私一人で十分だから」
真琴 「ごめん、あしたは手伝えるから・・」

春子 「気をつけて行ってくるんだよ。
    じゃあ、きょうは東京の慶子さんちに泊まりだね?」

真琴 「うん、ごめんね。ところで、お客はジャニーズみたいに、
    いい男だった?」
春子 「ううん、作業着のおじさんたちだったよ。
    チョット期待はずれだよ」

真琴 「まあ、春子さんの病気が出なくて良かったじゃない。じゃあね」
春子 「はいはい」

というわけでその夜、民宿の中は
30代から40代の5人の男たちと春子だけになった。

こうぞう「こんばんは、春ちゃんいる?」
春子  「ああ、こうぞうくん。どうした?」

こうぞう「うん、真琴ちゃんから、渚に電話もらってさァ、
     春ちゃんが今日ひとりだから、手伝ってくれないかって・・」

春子  「ああ、真琴が? 気が利くね。
     ちょうどよかった、こうぞう君食器洗ってくれる?」

こうぞう「はい、キャプテンからも
     頑張って手伝って来いって言われてきたんだ」
春子  「サンキュウー、さあ、入った入った!」

夕食を終えた5人の客は早々に部屋へと上がっていった。
食器を洗い終えたこうぞうが、手を洗っている。

春子  「助かっちゃったよ、サンキュー」
こうぞう「春ちゃん、だいじょうぶ?泊まっていこうか?」

春子  「へ?ああ、心配してくれてありがとね。
     大丈夫だよ。何かあったら電話するから、来てね」

こうぞう「うん、じゃあ帰るね」
春子  「おやすみなさい」

潮音の浜には静かな波が寄せていた。
しかし、月のない暗い浜辺を、こうぞうは帰っていった。

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その夜、春子は勝の夢をみていた。
夢の中の勝は、春子にいろいろな話をしてくれた。
 
『お客さんはここにきて、休んで、
 そして元気になって帰って行くんだ。帰るためにくるんだ』
『しかし、いろんなやつがきた。ここで出会って結婚したのもいた』
『民宿はじめて最初にきたのが、民宿あらしだぞ・・・』
その夢の言葉のあと、春子はぱっちり目を開いた。
時計の針は5時半だ。
冬の民宿の朝食は7時半にしている。

春子  「ああ、まにあった。さあ、起きるぞ!」
春子が部屋のドアを開けると、冷たい風が入ってきた。
そっとのぞくと玄関が半開きになっている。
戸棚や引き出しが散らかっている。受付のレジが開いている。

春子はまだことの状況が理解できないでいる。
春子  「なんで?なんでわたしの引き出しがこんなところにあるの?」

ハッとした春子が受付をみると、荒らされていて、
めぼしいものはすべて持っていかれている。
食堂のテレビ、家具、社長の無線も無くなっている。
春子はいそいで2階の客室に向った。

客室のドアは開いていた。中はもぬけの殻だ。
春子  「やられた・・・」

階段をかけおりた春子は社長室の金庫を探したが、
金庫ごと持っていかれてしまっていた。
玄関のとびらのところにすわりこんでしまった春子、
雨まじりの冷たい風が吹き抜けていった。
 
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春子と真琴の15年 その2

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真琴とともに、この民宿にはなくてはならない祐介は
東京の大学に進学し、裕子は同じく東京の美容学校に
美容師を目指して美崎市を出て行った。

タクシーの運転手の蓑田さんと郵便配達のこうぞう君は、
春子さんから引き継いだ「スナック渚」を経営することになった。
3年ほど、男二人で居酒屋風に焼き鳥を焼いて繁盛していたが、
いつか客足が途絶えていったが、細々と店はやっていた。
こうぞう君は郵便配達の仕事に戻った。
そのかたわら、蓑田の「やきとり渚」を手伝っていた。

そんな年も暮れて12月になっていた。
春子さんは電話で常連客と話していた。

春子  「そうですよ。冬もやっぱり海でしょう!
     今年はとくに暖かいですよ。ぜひきてください、待ってま~~す」
そこへ真琴が帰ってきた。
真琴  「たっだいま!う~~、春子さん、寒いね。あれ?また電話?」

春子  「そうだよ、商売商売・・、
     あ、もしもし、民宿ダイヤモンドヘッドです。
     お元気ですか?今年も石井さんのお顔が見たくなったんで、
     電話しました」
真琴  「たいへんだねえ、春子さん、
     なんか売れっ子のホステスさんみたい」

春子  「ええ?真琴さあ、ホステスさんって知ってるんだァ。
     真琴もおとなになったねえ」
真琴  「ドラマでみてたんだよォ、春子さんのいじわる・・」

春子  「ごめんごめん、真琴おやつ茶箪笥に入ってるから・・」
真琴  「おやつ? もうおとな扱いなんだか、子供扱いなんだか、
     なんだかなあ~、でもいただきます、春子さん ありがと
春子  「うん、あ?田中さんですか?民宿ダイヤモンドヘッドです。
     いい波がきてますよ、そろそろ田中さんがくるかなあと思って
     電話しました」

 
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その夜、波のしずかな月夜を迎えた。
民宿ダイヤモンドヘッドでは、春子と真琴が夕食をとっている。

真琴  「春子さん、それで、お客さんの成果はどうだったの?」
春子  「ぜ~んぜんだめ。みんないそがしかったり、
     インフルエンザだったりで・・」

真琴  「きびしいね。でも、春になればまたお客さんもきてくれるよ」
春子  「そうだね、春まで冬眠すっか?」
真琴  「そうだよ、だめなときは、だめなんだから・・・」
春子  「うん、真琴の言うとおりかもしれない」

リーンリーン!けたたましく電話のベルがなった。
真琴  「はい、民宿ダイヤモンドヘッドです」
A  「ああ、あしたから泊まりたいんですが・・」
真琴  「あ、予約ですね!
     ちょっとおまちください。はい、春子さん」

受話器を真琴から渡された春子が電話に出る。

春子  「はい、代わりました。ご予約ですね。
     はい、あしたから5名さまで2泊ですね。お名前は?」

A  「桜井、二宮、大野、相葉、松本の5名で行きます」
春子  「はい、それではあした、お待ちしています」

真琴  「(パチパチパチ)よかったね、春子さん」
春子  「よかった~、これで冬眠せずにすむよ」

真琴  「でもさ、桜井、二宮、大野、相葉、松本ってさあ、
     なんかジャニーズのグループみたいだね」

春子  「ああ~~、ほんとだァ、いい男かなあ?」
真琴  「春子さん、また病気がでたあ♪」

ハハハハ(笑)、ふたりはうれしそうに夕食のときをすごした。

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