潮騒が聞こえる〈BEACHBOYS1997〉

たそがれ時を過ごす場所。Costa del Biento / Sionecafe    2022年、館山の夕日劇場を見においで

弓道

「先生!」に見る館山の弓道

12017年制作の「先生!」は広瀬すず、生田斗真主演の映画。弓道ということで、千葉フィルムコミから連絡をいただき、実家の道場に関係者が訪れて、協力が決まりました。道場の壁には、うちの道場の私物であふれています。武道館全国中学生錬成大会の時購入した手ぬぐいと写真、「澄心」、sionecafeの切り絵作品、成田高校での千葉県中学弓道大会の写真、父の7段教士記念の切り絵、スタッフの方にかけてもらいました。仕事で広瀬さんや生田さんにはお会いできなかったですが、実家の道場があるうちにロケがあってよかったです。

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弓道を大事にして

1365812015_1901490安房における弓道は、東京にまで聞こえた隆盛を誇る。
大正13年、三浦平之介を師範に館山に弓道倶楽部が結成された。
この創始メンバーに六軒町アークスの辰野氏とともに
国鉄マンで蒸気機関車の運転手だったぼくの祖父もいた。
祖父の影響で、父も弓道を始めて岩井道場や安房の道場では
優勝メダルをもらうほどに上達していった。

CIMG0093父の代になって第5回の国民体育大会で3位となるほど安房の弓道人は活躍していた。岩井の川崎さんを囲んで、父と辰野さん。
僕の実家の弓道場は昭和40年代に出来、当時の名だたる弓道師範はこぞって訪れた。高校大学の弓道部の合宿も旅館が付属する弓道場ということで賑わった。周囲の住民も合宿の大学生の「当たり~」の声に「今年も春が来たね」お茶を飲みに来ていて話していかれた。平成になり道場の周りにアパートや家が建ち並び、声出しを嫌がる近所の若い世代から警察に電話があり、学生の武道としての声出しが出来なくなってしまった。当然、数十年続いた大学弓道部の合宿も出来なくなってしまいました。
1373186474_2838533そして、今度は的に矢が当たる音がうるさいという理由らしく、深夜に塀を乗り越えてきて道場の的場をスコップで掘り返していく人まで現れた。あづちは道場生によって硬く作られていて子供が壊すのは無理で、忍び込む大人の影を見たときは怖かったなあ。。。火でもつけられるのかと廃業しました。そこまで弓道は、近所の住人に嫌われてしまったんですね。道場を守れなかったことを残念に思います。ここは館山の弓道史を築いてきた歴史的な場所でした。
広瀬すず、生田斗真主演の映画「先生!」に協力できたことが最期に良かったです。

1293844951_2017385最後までこの弓道場を愛してくれた弓道女子日本一にあった相京先生も亡くなられたと聞きました。。。あの素敵な射形を思い出します。安房の弓道は、先人たちが築いた歴史的な遺産です。
これから弓道のブームがドイツからやってくると思います。安房の弓道を大事に守っていってください。ドイツのシュパイデルさんも頑張ってください。

館山の中学生が日本武道館に立つ日が、またやってくることを願っています。
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1970 〈17〉祖父の弓道場

1373697245_1784167竹下さんのいる施設を後にした凪とミユキは、祖父の道場に立ち寄った。
 道場に入ると、どこかで祖父が見ているような気がした。手紙を手渡す約束を果たせたことを、道場の神棚に報告した。凪は祖父の人生にに触れて、もう少し話をしたかったと思っていた。弓をひいているとき、祖父と対話をしている感覚になったことがあり、無性に弓がひきたくなった。
 凪は無言のまま、弓に弦を張り、右手に弓かけをして的前に立った。ミユキも持参した弓を持って凪の後ろで的前に立った。ふたりは祖父と竹下氏のように、並んで的を射抜いていた。凪は弓をひき絞り、祖父の声を聞いていたにちがいない。

この小さな旅は、祖父の青春に触れる旅となったが、孫の凪を可愛がっていた祖父にとって、孫の成長をこれ以上見守ることができないと悟り、大事な手紙を託した思いもあるのだろう。何気なく引き受けた凪も、祖父からの言葉のない会話を正面から受けとめていた。祖父は凪に弓道を続けるようにと話していた。この旅で祖父が何を伝えたかったのかが理解できたような気がしていた。それは祖父と凪にしか分からない絆のようなものなのだろう。

弓道は28m先の直径36㎝の動かぬ的に向かい、鍛えられた体、磨かれた技術、コントロールされた心で立ち向かう。すべてが自分の内部にある武道だと言える。日本の弓は、的中率よりも弓をひく姿勢、的に向かって乱れない心を練ることに主眼があるようだ。これは道具を改良するのではなく、人間力を向上させるという文化の型と言える。現代の先行き不安な社会生活において、ストレスを抱えての激しい運動はかえって良くない。自分の中の自分と対話ができる時間が弓道にはあるような気がする。静かな時間の中で、弓の弦音を聞いていると、それだけでも心がやすらいでいくのを感じる。現実とは一歩離れた環境がこれからの社会人の健康に帰すると考えられている。

1342262994_2799628凪は祖父の影響で小学生の頃から弓道を習い、ミユキも支部道場を紹介されて弓道を習っている。すでに、弓道の絆で結ばれている不思議な縁だ。年齢を重ねても、年齢が高い人でも続けることができる武道である。よき指導者、良きライバル、良き親友の存在が、その人の射を形作っていく。人生には良いことと悪いことが半分ずつあると言われるが、悪いことの方が多いのかもしれない。ただ、悪い時をどう捉えるかで、ピンチをチャンスに出来るのだろうし、悪いと捉えること自体がなくなるのかもしれない。

楽しいことよりも辛いことの方がきっと多いのだろう。そんな時の「平常心」、これが道であると祖父は言っていた。凪とミユキはこれからの長い人生の中で、人間力を磨く武道でどんな成長を見せるのだろうか、祖父はそれを見守っていたかったに違いない。竹下氏への手紙を凪に託したことも、伝えたかったことがあったからだ。竹下氏を訪ねるこの小さな旅で、祖父からの思いは、確かに次の世代へつながれた。

矢取りに向かおうとした凪は、ミユキの美しい射形に目を奪われた。流れる水のように無理のない所作、静かな横顔の中で鋭く的を射す眼光。かすかな風に揺れる髪の毛。美しい光景だ。この世のものとは思えない美しさだと感じて。声を失っていた。きっとふたりとも弓の良きライバルになるだろう。祖父たちに輝く瞬間があったように、凪とミユキにもそんな季節がやってきていた。

         〈完〉

1970 〈15〉千葉県館山市

館山は房総半島の南端に位置し、冬でも花が咲いている温暖な地だ。

ここ館山における本格的な現代弓道は、大正13年の弓道倶楽部の結成に始まる。元関宿藩の日置流竹林派の弓道師範であった三浦平之介を指導者としたが、明治4年の廃藩置県によって職を失い館山に来ていたようだ。これに師事した若者たちの中に凪の祖父、保がいた。祖父は弓道に魅せられてこの地に道場を開くに至っていた。

武道は日本人の「ものの考え方」や「行動の仕方」が内在する運動として取り組まれている。そこには日本人の世代に引き継がれる調和があった。弓道は「礼の道」「仁の道」である。
1365812015_1901490礼に始まり礼に終わるのが
「弓の道」、射は己自身を正しく
する道であり、もし失敗しても他人を怨まない道であると教えられる。「射は己自身の中に正しきを
求めるものである。己正しければ、心「こころ清しき」。
弓を射るということは、的に矢を
的中させることを求めるのではなく誠を尽くして発せられた矢が、おのずからなる結果として的中することを求めて行射しているのである。

矢を発して当たらなければ、他を怨むようなことなく、これを己に求めてよく反省せよと教示されていて、弓道は儒教を基礎とした道徳の修養道であることが分かる。

弓道には日本人が慣れ親しんだものの考え方がや行動の仕方があり、さらに体の健康ばかりでなく、心の健康にもつながる要素を持っている。祖父の長い人生の中で、ただひとつの心残りとなっているのが、深川道場でのライバルであり親友でもある竹下純子さんだった。館山湾を見下ろす丘の上に建つ施設に、探し求めた竹下さんがいる。目の前に迫った白い建物がその施設である。施設の前で、ミユキの足が止まった。
「凪、ちょっと待って。私何だかドキドキする」
「僕もそうなんだ。少し休んで、深呼吸してから行こうか」
玄関のベンチで気持ちを落ち着かせてから、祖父からの手紙を左手に持っていることを確認して、凪は立ち上がった。それを見て、ミユキも立ち上がり、あとにつづいた。受付で部屋を確認して、廊下を奥に進んだ。
「凪、この奥に竹下さんがいるんだね」
「もうすぐ会えるね」

凪とミユキはある部屋の前に立っていた。ふたりは目を合わせて心を決めて頷いた。
「失礼します」
ノックして扉を開けると、部屋の奥で車いすに座った細身の婦人が、窓の外の海を眺めていた。何かを考えているようで、凪たちには気がついていないようだ。凪は竹下さんの背中越しに声をかけた。
1396933597_2589010「宮下純子さんですか?」
「はい」
「はじめまして、僕は石田保の孫の凪といいます」
凪の声を聞いた婦人は振り返り、優しい眼差しで凪を見つめていた。
「保さんのお孫さん」
「はい」
小さな上品な声で囁く、きれいな御婦人だった。


「おじい様はお元気ですか?」
「じつは、去年の暮れに亡くなりました」
「えっ?えっ? 保さん亡くなったんですか?」
「はい」
婦人は肩を落として、下を向いてしまった。そして、しばらくの間沈黙がつづいた。静かに目を閉じた婦人は何かをつぶやいているようだったが、凪たちに聞こえることはなかった。
様子を見ながら、婦人の背筋が伸びたのを確認してから凪は話しかけた。
「祖父はどうしてもあなたに逢いたくて、連絡を取ったのですが分からなかったようです。それが最期まで気がかりだったようです。それで、あなたに渡して欲しいと僕が手紙を預かっています」
「そうですか。私も保さんに会いたくて、ここを選びました。ここにいれば、いつか保さんに会えるかもしれないと思っていました。そう、亡くなったんですね、保さん・・・」

「はい、祖父はあなたのことを竹下さんといっていました。祖父の記憶の中では、竹下さんなんですね。竹下純子さん、じいちゃんからのこの手紙、確かにお渡しします」
「ありがとう」
手紙を手渡すとき、婦人が涙をこぼしているのに気づき、凪も目頭が熱くなった。細い指だった。手紙を大事そうに両手で包み込み、小さく頷いた婦人は、凪にゆっくりと頭を下げてから手紙の封を開いた。その手は小刻みに震えていた。

  〈続き〉

1970 〈13〉深川門前仲町

深川の運河をいかだを引いた船がゆく。材木いかだの上で、木場の男が足を組んでいる。永代通りには路面電車が走っている。凪の母は、日本橋東急に買い物に出かけたが、一本前の都電に乗ったのだろう。もう道路中央の都電の駅にはもうその姿はなかった。間もなくして、東西線の門前仲町駅から階段を駆け上がってきたミユキが姿を現わした。
「おはよう、待った? おまたせ」
いつもと変わらず、朝から元気なミユキだった。駅の横に深川不動尊の赤い門があるが、その色に映える白いシャツが爽やかなイメージを与える。深川の道場は凪の住む門前仲町からほど近い場所にある。昨日、父から道場の宇野先生に連絡してもらい、きょうは話が聞けることになった。木場方面に歩き、洲崎の街に出た。東陽一丁目、むかしの深川洲崎弁天町という場所に、遊郭・赤線地帯が存在した。戦後、洲崎パラダイスとして復興して以後13年間遊郭が存在していた地域だ。深川道場はこの近くにあった。

ふたりは道場の宇野先生に挨拶をして、道場の中に案内された。宇野先生は頭髪はなく、一見強面だが、丸い眼鏡と鼻の下のちょび髭があり、人の良さそうな感じの男だった。
1365308351_2169721「宇野先生、祖父はここでどんな修行をしていたんですか」
「うん、私はまだ小学生だったが、君のおじいさんと竹下さんのことはよく覚えているよ。
君の祖父は、保っちゃんと呼ばれていて、ここの道場でも常に的を外さない自信を持った弓ひきだった。道場対抗の試合に出ても、常に優勝してきて商品のメダルを私にくれたよ。弓をひく姿も体幹のしっかりした美しい射形だった。

これからもずっと、保っちゃんの天下だとみんな思っていたんだ。ところがそこに竹下純子という、女性だが的を外さない弓ひきがこの道場にやってきたんだ」
「竹下さんはどこで弓を習っていたんですか?」
「どこだったかなあ、あの頃はあまり女性で弓をひく人は多くなかったから、どこでひいていたとしても、女性には居づらい環境だったと思うよ。竹下さんは弓が好きだったんだな、いろいろな妨害もあったと思うけど、的を外さない弓ひきにまでなっていたんだから。この道場にも的を外さない保っちゃんがいたからな、ふたりはものすごいライバル意識で火花を散らしていたよ。よその道場なら、うますぎる竹下さんは居場所がなくなるんだろうけど、保っちゃんは、男だろうが女だろうが関係ない。竹下さんの弓を認めていて尊敬していたよ。その上で勝負を挑んでいたんだな。大会に行っても二人とも的を外さなかったんだ。それで競射といって、的の中心に近い方を優勝と決めていたんだが、おたがい譲らず交互に優勝していたよ。大会はふたりに独占されていたんだな。まあ、ふたりは競って極限まで心も体も鍛えていたよ。弓としては譲るところはなかったな」

凪もミユキも言葉を失っていた。それほど、宇野先生の話はふたりにとっては刺激的だった。祖父と竹下氏の輝きだす瞬間を聞いている気がしていた。
「保っちゃんも竹下さんも、道場の中ではひとこともしゃべらずに弓をひいていた。それでもお互いを意識していたので、ちょっとした動きや所作を見逃さずに勉強して、お互いを手本に自分の射に吸収していたんだな。お互いがお互いに習っていたと言ってもいいんじゃないかな。だから、竹下さんが風邪をひいて体調が悪い時も、その射から理解して保っちゃんは帰りに風邪薬を渡していたよ。言葉なんて無くても、お互いがお互いを理解してしまっていたんだろうな。私たちには到底できない境地にいたと思うよ」
「祖父は竹下さんを、単なるライバルというよりも、むしろ尊敬していたんですね」
「きっとそうだな。それから、こんなこともあったよ。女性の竹下さんが大会で優勝しているのを妬む人たちもいた。それで、女性を大会から追い出そうとしていたのを聞き知った保っちゃんが、乗り込んで行って、その話を潰したんだ。それで、これからも二人で競い合って弓を極めて行けると修行に励んでいたんだが、竹下さんの父親がが急に亡くなってね。急遽、親同士が決めていた相手と結婚することになったんだ。保っちゃんは、竹下さんの父親が亡くなったことは知っていたけど結婚の話はそれ以降も知らなかったと思うよ」
「竹下さんには、親の決めたいいなづけがいたんですか」
1316314410_1541075「そうなんだよ。保っちゃんも竹下さんも、ふたりとも男だ女だは関係なく、弓道の真の探究者だったんだ。しかし、お互いに心内が読めるほどの大親友になっていたと言えるんだろうなあ。竹下さんは保っちゃんの気持ちを思って陰で泣いていたよ。女性である竹下さんの前に起こるいろいろな障害を取り除いてくれたのも保っちゃんだし、これからも保っちゃんと大好きな弓道を続けていけると思っていたと私は思うよ。
だけどね、母親から何を言われたかは私は知らないが、ある日竹下さんが突然道場から居なくなってしまったんだ。保っちゃんは竹下さんが何か悩んでいたのは知っていたから、いつか相談に乗ろうと考えていたらしい。でも、言えなかったんだなあ。保っちゃんはその後、ひとりになっちゃったんだな。気持ちの張りを失っているのが見ているだけでもよく分かったよ。しばらくして、弓道に対する意欲も薄れてきて、寂しく館山に帰って行ったよ」
「そうだったんですかあ、じいちゃん・・・」
凪の背中後方から、ミユキのすすり泣く声が聞こえてきた。

    〈続く〉

1970 〈11〉秘密基地

凪とミユキは、二合半坂の急坂を下りてきた。どこかで宮下家を聞こうと思ったが、ここには凪たちの秘密基地があるではないか。そう、永嶋と相撲を見るあの大野屋だ。ふたりは大野屋の暖簾をくぐった。
「あれ? 石田君、きょうはデート?」
「いえ、きょうは教えていただきたいことがあって来ました」
「あら、なに?」
「この辺で宮下さんていう家を知りませんか? 祖父の友人をさがしているんだけど」
「宮下さん、うちの斜め前だよ。それともう一軒、石田君も制服を作ったことのある洋服屋さんも宮下さん、この辺りではその2軒かなあ」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってみようか?」
凪はミユキの方を見た。

1340811580_6455779「凪、私みたらし団子食べたい」
「そうだよ、せっかく来たんだから食べてってよ」
「じゃあ、みたらし団子といつものおいなりさん下さい」
「は~い」
昼が近かったので、ミユキも空腹だったのだろう。もしかすると、昼時に訪ねるのはどうかと気を配ったための言葉だったのかもしれない。ミユキは大人のように気配りができる娘だった。

この大野屋での食事は、ミユキが凪たちの秘密基地のメンバーになったということを意味する。
「私、お雑煮も食べていいかな?」
「あ、僕も食べたい。すいません、あとお雑煮ふたつお願いします」
いやいや、もうすっかり秘密基地のメンバーになったようだ。大野屋のお姉さんに聞いてみた。

「宮下さんの家に、弓道をする女性がいませんか?」
「洋服屋さんにはいないわね。うちの前の宮下さんの奥さんもやってないと思うけど、おばあさんは弓をやってたって聞いたことはあるよ」
「ほんとですか? あ、ちなみにおばあさんの名前は何ていうんですか?」
「えっとね、そうそう、宮下純子さんだったかな」
それを聞いたミユキは、凪と目を合わせて力強くうなづいた。
「間違いなさそうだね。あとは宮下さんがじいちゃんのことを知っているかどうかだね」
「大丈夫、間違いないと思うわ」
ふたりは季節外れのお雑煮を食べているが、ここのお餅は美味しいということを共有することができた。何かがあったときはきっとお雑煮を食べに来るだろうと思っていた。

大野屋で聞いた情報から宮下家の前に来た凪は、気合を入れて玄関のチャイムを鳴らした。そして「こんにちは」という凪の声が響いた。
「は~い」
玄関の扉がゆっくりと開けられ、白髪混じりの御婦人が顔を出した。
「どちらさまですか?」
「はじめまして、弓道でお世話になっている館山の石田の使いで来ました孫の凪といいます。宮下純子さんは御在宅でしょうか」
「母は留守ですけど、どうぞお上がりください」
「あ、ありがとうございます」
そこへ、大野屋を出たミユキが手土産の和菓子を抱えてやってきた。
「ごめんなさい、間に合ってよかったわ」
「お連れですか? お話を聞きたいので、どうぞ」
「おじゃまします」
部屋に通された凪とミユキは手土産を渡して座した。

「僕は館山の祖父の代理で来ました。祖父はこちらの純子さんとは弓道のライバルで親友だと話してくれました。実は去年の暮れに亡くなりまして、純子さん宛てに手紙を預かっているんです。それで訪ねてきました」
「そうですか、おじいさまは母の弓道のお友達でしたか。母は私たち姉妹を産んでからすぐに父を病気で亡くしました。それからは大好きな弓道から離れて、仕事をして私たちを育ててくれました。でも夜になると、弓をひいていた頃の写真を見て泣いていましたから、寂しかったんですね。弓への愛着もあったでしょうから」
「祖父も亡くなる前にお会いしたかったらしいのですが、連絡がつかなかったそうです。それが心残りで僕に手紙を託したんだと思います」

「今日は館山からですか?」
「いえ、僕は坂の上のG学園に通っているので東京です。祖父もそれで僕に頼んだんだと思います」
「あら、すぐそこですねえ」
「あ、純子さんがお留守でしたら、出直してきましょうか?」
「いえ、じつは母は館山にいるんですよ」
「ええ?本当ですか。でも、なぜ?」
「あ、ごめんなさい。母は高齢で足を骨折してから介護が必要になり、望んで館山の病院施設を選んだんですよ」
「それなら、祖父は直接お会いすることもできたんですね。残念です」
「そうですね。私も今お話を聞いて、母の輝いた時代に友人でいてくれた石田さんのいる館山を選んだのかなと納得できるところもあります」
ミユキはじっと会話を聞いていて、静かに涙を流していた。

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「祖父と一緒に弓を競い合っていた時が、楽しかったんでしょうねえ」

「はい、私は弓はやりませんが、母が弓懸〈ゆがけ〉を大事に持っているのを知っています。館山の施設にも、持って行っていると思います。母が元気なうちに弓をひかせてあげたかったと、いまも後悔しているんです」

「そうですか。僕は来月館山に行くので、純子さんとお会いして祖父の手紙をお渡しします。それから、祖父のことも聞いてみたいと思います」
「母も喜ぶと思います。ありがとう。きょうは話が聞けてよかったわ」

     〈続く〉

先生! パネル展

28日に公開される広瀬すず、生田斗真主演の映画
「先生!好きになってもいいですか」の
パネル展が開催されています。
場所は、館山駅ギャラリーと、渚の駅たてやまの2階展示室。

行ってきました。

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(上)映画の中のシーン
  背景の小道具はうちのものです

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お~、ここはAKB48の
「会いたかった」のMVで、
あっちゃんが登場する渡り廊下だ。

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広瀬すず史上最高にかわいい映画が
28日公開される。

館山でのロケ風景がパネルで見られます。

武道館大会

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今年も全日本少年少女弓道錬成大会が日本武道館で開催されました。
全国から予選会を勝ち抜いた中学生が3人ひと組のチームで
この大会にのぞんできます。
今年は寒かったり暑かったりで体調を崩すことが多い中で
道場の中学生たちは稽古に励みました。
 
全国の選手たちは毎日のように稽古をしてきましたが、
池田道場の中学生は学校に弓道部がなく、
それぞれに陸上部やテニス部のあいまの週一回の稽古で
ここまでやってきました。
メンバーのY君とM君は3年生なので、今年が中学最後の大会でした。
 
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全国の強豪校に混じり、
たくましく成長した3人の安房の中学生は
誇らしげにみえます。
 
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開会式に引き続き、
 
いよいよ競射が始まりました。
 
予選通過には、緊張感のなかで3人で12射のはわけ(6中)が必要です。
 
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3人とも素晴らしい射でしたが、
 
残念ながら予選通過はなりませんでした。
 
これで、かれらの全国大会挑戦は終わりました。
 
Y君とM君は受験を迎えています。
 
この3人でのチームはこれで終わりました。
 
高校でまたチームが組めるといいですね。
 
夏休みがやってきました♪
 

 
 
ビリー工作キット昭和シリーズ
ぼくらの夏は終わらない 1997年夏の月9ドラマ「ビーチボーイズ」に酔いしれる。館山市布良でロケ。
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