和泉勝
ホセ 「ラモン、きょうのセットは?」
ラモン 「知るか、波に聞け!」
ホセ 「クー! 聞いたかマリオ、ラモンはガキの頃から、
勝 「さあ、メキシコの少年たちよ、一緒に波に乗ろう!」
この日は、夕焼けが空を染めるまで、
そして、それぞれの家に帰り、
数日後、ホセの船が遠洋に出る予定がたてられた。
勝はメキシコの日本領事館を訪ねて、
そして許可をもらい、家族でホセの船に便乗して、
このとき、日本ではすでに葬式を済まして、
勝は想像さえできなかった。
勝は帰国したのちに、またこのプエルト・ヌボの町に
このプエルト・ヌボの町が、いまの和泉勝にとっての
勝の人生のロスタイムに見つけた「人生の楽園」がそこにはあった。
勝はこの年になってからできた親友たち、あたたかい家族のぬくもり、
好きなサーフィンが楽しめるK38、
ここでめぐりあえたすべてのことに感謝せずにはいられなかった。
勝 「老人になっても、おれは少年のこころを持ち続けるよ。
難しいことは何もない、シンプル イズ ベストってやつだな。
な、そうだろ?おまえら・・・」
勝は、あの夏の広海と海都にむかって問いかけていた。
ホセの船は太平洋を進み、日本をめざしていた。
「イズミマサル ゲンキニニホンヘムカッテイル カゾクニシラセタシ」
いま勝は船の上で眠っている。
近づいてきたなつかしい潮音の風が、勝の頬に気持ちが良かった。
勝 「もしかしたら、ここが最終的なおれの海なのかもしれないな。
おれの海探しは、潮音海岸という日本の海岸だと思っていた。
それはまちがいなかったんだが、もうひとつ、
終着駅的な行き着く場所が人にはあるんだと、
最近思うようになった」
ラモン 「なんだい?そのおれの海探しって?」
勝 「自分が生きていくための自分の居場所探しだよ」
ラモン 「ああ、それが海探しかあ」
ホセ 「おれにとっては、世界の海がおれの海だからな」
ラモン 「おいおい、ホセ、大きくでたな!」
ホセ 「間違いないだろう?」
勝 「でもプエルト・ヌボに帰ってくると、ほっとするだろう?」
ホセ 「ああ、そうだな」
勝 「どうやら、ホセにとっても、ここがホセの海のようだな」
ラモン 「なあマリオ、
日本人はいつもそんなことを考えて生きているのか?」
勝 「そうだな、日本人は働きすぎるから、
ホセ 「マリオもここに住んで、人間らしさを取り戻したかな?」
勝 「人間の欲求のままに生きてるだけだろ?」
ホセ 「おおよ、それが人間らしさっていうんじゃないのか?」
勝 「日本人は、まだ欲しいものがたくさんあるんだろう。
国が経済の戦争状態にあるから、
若いやつらの精神的な負担は大変なものだと思う。
ある夏なあ、おれの民宿に二人の若者が流れてきた。
教えてもらった気がするよ」
ラモン「おれは少年のこころなんて、意識したことは無いなあ」
ホセ 「おれとラモンとはガキの頃からの友だちだから、
いまも子供みたいなもんだろう?(笑)」
ラモン 「だよな、かわんねえなあ・・」
勝 「おれもサーフィンがやりたくて
仕事を選んだような男だからな・・。
おれも少年のこころのまんま、
おとなになっていたんだと気づかされた」
ホセ 「少年のこころか・・・・」
ラモン 「少年のこころ・・・・・」
勝 「そう、少年のこころなんだ」
一緒にサーフィンしないか?」
ホセ 「おお、いいねえ! でも、ラモン聞いたぞ、
体の具合はどうなんだ?」
ラモン 「普通に生活する分には問題ないが、
でも、君たちには面倒かけないようにがんばるよ」
勝 「ラモン・・・」
ホセ 「よし、決まりだ!じゃあ、明朝5時にでかけよう」
ラモン 「OK! いつものK38だな」
ホセ 「あそこは、ガキの頃からの、おれたちの秘密基地だったなあ」
勝 「秘密基地?(笑)へえ、メキシコにもあるんだなあ・・」
ホセ 「なにがおかしいんだ?マリオ」
勝 「いや、なんでもないよ」
次の日、熟年のおじさんたちは、心躍らせてK38をめざした。
ホセは長い遠洋漁業からの帰宅だった。
前回の遠洋のさいに、勝は助けられたことになる。
ホセ「おいおい、ラモン。マリオが世話になってるそうだな。
礼を言うぞ。これはみやげの魚だ」
ホセは箱いっぱいの魚を持ってきた。
ラモン「やあ、ホセ。しばらく顔を見ないあいだに、
ホセとラモンは抱き合っていた。
ホセ 「よお、マリオ。留守のあいだ、変わりはないか?」
勝 「ああ、おかえり。何も変わりはないよ」
ラモン 「おいおい、うそをつけ! 変わりがないなんて・・・」
ホセ 「どうした?何かあったのか?」
勝 「まあまあ、これからも何も変わらないんだから。。。」
ラモンはテーブルの上のビールをついで、ホセと勝に持たせた。
ホセ 「じゃあ、3人の再会を祝して、乾杯しよう。
そこで、ラモンは唐突に言った。
ラモン 「ところでホセ、マリオの記憶が戻った!」
ブファー、ゴホンゴホン、ヒー!
その言葉で口に含んだビールを、ホセは吹き出してしまった。
口の周りをタオルでふき取りながらホセは言った。
ホセ 「なんだって?記憶がもどったあ?」
ラモン 「そうなんだ、マリオの記憶がな」
ホセ 「そんな大事なこと・・・早く言えよ」
ラモン 「ハハハ、悪かったな」
勝 「おれは日本人で名前は和泉勝というんだ。
民宿の経営者だ。
朝、日本でサーフィンをしていたが、
そこからの記憶が飛んでいる」
ホセ 「そうか、おそらくボードに乗った形で流されていたのを、
おれの船が通りかかって助けたんだろう」
勝 「メキシコについてからの記憶はけっこう鮮明におぼえているよ」
ホセ 「それは良かった。じゃあ、マリオのために乾杯しよう。
グラスを持て!かんぱ~い!!」
ラモン 「それからな、ホセ、マリオは結婚した!」
ブフォー、ゴホンゴホン、ヒー!
その言葉で、ホセは再び口に含んだビールを一面に吹き出してしまった。
口の周りをタオルでふき取りながらホセは言った。
ホセ 「おいおい、あんまり驚かすなよ。ほんとうか?」
勝 「ああ、モニカという子と結婚して、
この納屋を改造して住んでいるんだ」
ホセ 「いい女か?」
勝 「ああ・・もちろん」
ホセ 「兄弟も同然のマリオの嫁だ。おれが不自由はさせないさ」
勝 「ホセ、ありがとうよ」
ホセ 「ラモン、ビールだ。マリオの結婚に乾杯だ。
かんぱ~い!」
ラモン 「ああ、それからなホセ、マリオの子どもが生まれた!」
ブフォー、ゴホンゴホン、ヒー!
その言葉で、ホセは再び口に含んだビールを一面に吹き出してしまった。
口の周りをタオルでふき取りながらホセは言った。
ホセ 「おいおい、3回目だぞ。おれにビールを飲ませないつもりか?」
ラモン 「マリオ、おまえから話せよ」
勝 「ああ、ガブリエルっていうんだ」
ホセ 「おいマリオ、やるやるとは聞いていたが、
おまえ、やるじゃないか!」
ラモン「なにも変わらないってマリオはいうが、大変な変化だろう?」
ホセ 「ラモンよお、今度はおれのほうが記憶を失いそうだぜ。
よし、マリオの子どものために乾杯しよう」
かんぱ~い!3人はうれしい酒を飲んでいた。
モニカもガブリエルを抱いてでてきた。
ホセ 「おお、これがマリオのかみさんと子どもだな?」
モニカ モニカです。よろしくおねがいします」
ホセ 「おうおう、可愛い嫁じゃないか。それにこのかわいい子ども。
マリオ、おまえは幸せものだ」
勝 「ホセとラモンのおかげだよ。ありがと!」
ホセ 「ところでマリオ、記憶が戻って、身元もわかった。
さて、どうする?」
勝 「おれは今までと変わらんよ。ここで、こうして暮らすよ」
ホセ 「それはいい。しかし、国籍が分かった以上、
いいんじゃないのか?」
ラモン「そうだな、日本では葬式でもあげて、
君の存在が消去されてるかもしれないしな・・・」
ホセ 「子どもの父権の証明も必要だろう?」
勝 「そうだな、一度日本に帰る必要があるな。」
ホセ 「じゃあ、今度の遠洋に一緒に乗せていくよ。
そのときに、日本にも状況を知らせておこう」
勝 「ありがとう。おれはここに来れて、ほんとうによかった。
ホセ、おまえは命の恩人だ」
ラモン 「あれ? おれは?」
勝 「ハハハ、ラモンは、かけがえのない友人だ。
おれはここの生活が好きだ。
また、すぐにここに戻ってきたい」
ホセ 「わかってるよ。おまえを初めてみたときから、
運命みたいなものを感じたよ」
ラモン 「ホセ、おれもマリオが昔からの友人に思えてしかたがなかった」
勝 「もしかしたら、ここが最終的なおれの海なのかもしれないな。
おれの海探しは、潮音海岸という日本の海岸だと思っていた。
それはまちがいなかったんだが、もうひとつ、
終着駅的な行き着く場所が人にはあるんだと、
ラモン 「マリオ、おれがわかるか?大丈夫か?」
勝は静かに口を開いた。
勝 「フフフ、ラモンだろう?」
ラモン 「ああ、よかった」
ラモンは胸をなでおろした。
しかし次の瞬間、思いも寄らぬことを勝は語りだした。
勝 「なあ、ラモン。おれは日本人で和泉勝というんだ。
サーフィンをしていて、沖に流されたんだと思うが、
そこからの記憶がない」
ラモン 「ええ?なんだって?」
ラモンは全身の力が抜けて、ヘナヘナと座り込んでしまった。
ラモン 「マリオ、記憶が戻ったんだな?」
勝 「ああ、そうらしい。でも、ホセに助けられたことも、
ラモンとサーフィンした日々も、
それに、以前の記憶が足されたような感じがする」
ラモン 「大事なことをひとつだけ、聞いてもいいか?」
勝 「なんだい?」
ラモン 「おまえは結婚しているのか?」
勝 「ああ、モニカとしてるじゃないか」
ラモン 「そうじゃなくて、ここへ来る前に妻はいたのか?」
勝 「それは・・・子どもも孫もいるよ」
ラモン 「日本にはお前を待ってるワイフがいるのか?」
勝 「ばかいえ、もうとっくに妻は亡くなっているんだ」
ラモン 「じゃあ、2重に結婚はしていないんだな?」
勝 「ああ、いまはモニカだけだ」
ラモン 「フー、安心したよ。
神はきょうを最悪の日にはしなかったようだ」
勝 「まだ、記憶がはっきりしない部分があるから、
なんとも言えないが」
ホセもモニカも驚くだろう」
そして、いつものように
プエルト・ヌボⅡでロブスターとビールを注文した。
勝の記憶は戻ったが、メキシコでの記憶も忘れてはいなかった。
潮音でのサーフィンから、自分がどうしてメキシコにいるかが
日本でのことを、勝はいろいろとラモンに話していた。
ラモンも珍しい異国の話に耳をかたむけていた。
情熱的なギターのつまびきの聞こえるプエルト・ヌボの町に
翌朝、ラモンがやってきた。
ラモン 「おはよう、マリオ起きてるか?」
モニカ 「はい、いま開けるわ、早いのねラモン」
ラモン 「ああ、モニカ、おはよう。マリオは起きてるか」
モニカ 「ええ、ボードの手入れをしているわ」
ラモン 「モニカもいっしょにきてくれないか」
モニカ 「なにかしら?」
ラモンとモニカは
裏庭でボードの手入れをしている勝のところへむかった。
ラモン 「マリオ、いい朝だな、おはよう」
勝 「やあ、ラモン。きのうはうまい酒だったよ」
ラモン 「モニカには、まだだろう?何で話さなかった?」
勝 「話しても話さなくても、おれは何も変わらないからな・・」
ラモン 「マリオは、本当にマイペースな男だなあ。
モニカは不思議そうに、ベンチに座った。
ラモン 「じつはなあ、きのうサーフィンをしていて、
マリオの記憶が戻ったんだ」
モニカ 「え?マリオの記憶が・・・!?」
ラモン 「モニカ、安心しろ。マリオの妻はもう亡くなっている。
マリオは自由の身だ。マリオはいつまでも君の夫で、
ガビーの父親だ」
モニカは、そういわれて、顔を手で覆って泣き声をあげた。
そしてうれしくて、子どものところに向った。
しばらくのあいだ、部屋の中からモニカの泣き声が聞こえていた。
ラモン 「モニカは、おまえの記憶が戻ったら、
きっと妻がいてここを去るだろうと
ずっと、心配していたんだよ」
勝 「そうだったのか・・心配かけたな」
そこへ思いもかけなかったホセがやってきた。
そして、勝の子どもが生まれた。
名前はガブリエル、真琴のおじさんが誕生した瞬間だった。
ラモンは足が変形したものの、普段の生活が出来るまでに回復した。
しかし、サーフィンが満足にできるような運動機能は戻っては来なかった。
ラモン 「マリオ、どうだ?サーフィンにいってみないか?」
勝もラモンに悪いと、この数か月間サーフィンに行ってはいなかった。
勝 「うれしいねえ、行ってみるか?」
モニカ 「ひさしぶりに、楽しんで来たら?
よく働いてくれていたんだから・・」
勝 「そうだな、じゃあ行こう」
ラモン 「じゃあ、あした明け方5時に出発だ」
勝 「ああ、わかった。じゃああした5時」
波の中からふたりの若者に助け出される。
その瞬間、目が醒めた。時計は午前3時・・・。
その夢が気になって、勝は朝まで寝られなくなっていた。
あの浜はどこだったのか?浜で見ていた人たちは?
あのふたりの若者は?
夢と現実のなかで、勝は混乱していた。
いや、勝の記憶が戻りつつある兆候だったのかもしれない。
そのまま朝がやってきた。午前5時にラモンが車を出していた。
ラモン 「やあ、おはよう、マリオ。いい天気だな」
勝 「ああ、おはよう・・」
ラモン 「あれ?どうした?体でも調子悪いか?」
勝 「いや、大丈夫。ちょっと寝られなかっただけだ」
勝は車に乗り込んだ。ラモンの車は久しぶりに国道を北上していた。
目指すはサーフポイント、K38。
道が開けて、K38の海岸線が見えてきた。
勝 「ここじゃなかった・・・」
ラモン 「マリオ、何か言ったか?」
勝 「いや、なんでもないんだ」
あの夢で見た海岸はK38の海岸ではなかったようだ。
この日、K38の海岸には3m級の大波が寄せていた。
車からボードを引き出していた勝は、その波の迫力に魅せられていた。
ラモン 「マリオ、きょうはやめとくか?」
勝 「ええ?ラモン、おじけづいたか?」
ラモン 「そうじゃなくて、おれがなんか胸騒ぎを感じるときは、
やめたほうがいいんだよ」
勝 「まあ、だいじょうぶだろ・・・」
勝はボードをもって、浜に歩み出た。
ラモンはロングボードを出しかけていたが、
車にもう一度しまってしまった。
ラモンを躊躇させているのではなかった。
それにしたがったのだった。
ラモン 「マリオ、グッドラック!」
勝は数ヶ月海に出ていなかったことを認識したが、
そのままパドリングを始めた。
それはラモンの予感にも通じるものなのかもしれない。
引き返そうかと迷った思いがいけなかったのかもしれない。
勝がスタンドした瞬間大きく巻いたループ状の波に
飲み込まれてしまった。
勝の体は大きなうねりの中にいた。
波に動かされる自由の利かない体の感覚が、
勝の忘れていた記憶の回路とつながった。
「社長~~!!」
「社長~!!!」
勝は波の中で若者の声を聞いた。
波の中でもまれていると、誰かが勝の首を肘でかけて、
陸に向って引きはじめた。
浅瀬まできたが、勝の足はふらふらで、
海水を口から吐き出していた。
ラモンが勝を肩に抱えて、砂浜をあがってきた。
勝 「おまえら、ありがとな。また助けられたな・・」
その瞬間妙にリアルな夢をみていた。
浅い夢の中に見覚えのある海岸が出てきた。
砂浜では数人の若者が勝のサーフィンを見守っている。
勝は足を滑らせて海に投げ出された。
勝 「・・・・・・」
ラモン 「え?マリオ、なんて言ったんだ?」
勝 「おまえらには感謝している・・」
ラモン 「あれ?また何か言ったが、何を言ってるのかわからんよ」
砂浜にうつぶせに倒れた勝は、荒い息を吐きながら、
何かを独り言のようにつぶやいていた。
ラモンはハッとそれに気づいた。
ラモン 「マリオ、もしかして、記憶が戻ったのか?」
勝はうつぶせのまま、まぶしい太陽をさえぎるラモンの顔を
無国籍漂流者マリオが、和泉勝に戻った瞬間だった。
ガルシア記念病院の病室。
勝がドアを開けると、腰から下が異常に変形したラモンがベッドにいた。
勝 「ラモン、つらかっただろうな・・・」
ラモンは痛みをこらえて、笑ってみせた。
その様子を見て勝は泣けて仕方がなかった。
ラモン 「もう君といっしょにサーフィンができなくなっちゃったよ」
勝 「何を言うんだ。頑張って治すんだよ」
ラモン 「マリオ、それよりも頼みがあるんだ」
勝 「なんだ?」
ラモン 「モニカのことなんだが、彼女はひとりぼっちだ。
誰にも頼ることが出来ない。
また同じようなことが起こるかもしれない」
勝 「そうだな。今回はラモンがいたからな」
ラモン 「そう、おれはモニカをあんな目にはあわせたくないんだ。
マリオ、モニカと結婚してくれないか?」
勝 「ラモン、何をいいだすんだ。
おれはモニカの父親ほどの年齢だぞ」
ラモン 「この国ではめずらしいことじゃない。
お互いが結婚を求めていれば、なんの問題もない」
そこへ、お見舞いに花をもってきたモニカが入ってきた。
そこへ、お見舞いに花をもってきたモニカが入ってきた。
ドアを開けて、勝がいるのに気づいたモニカは勝に抱きついた。
モニカ 「おお、マリオ。怖かった、つらかった、さみしかった・・・」
勝 「かわいそうにな、たいへんだったな」
モニカ 「マリオ、お~マリオ」
モニカのきれいな大きな目からは涙があふれだしていた。
ラモン 「さあマリオ、モニカに言ってやってくれ。俺が証人だ」
勝 「何を言うんだ?」
モニカ 「マリオ、わたしを守ってくれる?」
勝はフーっとためいきをひとつついた。
そしてラモンのほうに目をやった。
ラモンは痛々しそうな体とはうらはらに、
鋭いまなざしを勝に向けていた。
勝 「モニカ、おれは自分が誰かもわからない。
年齢もいくつかわからない。
おそらく君のお父さんくらいの年なんだろうと思う。
こんなおれでもいいなら、結婚してくれないか?」
モニカ 「はい、マリオ」
ベッドのラモンが大声をあげた。
この日、勝はモニカと結婚することを決めた。
次の週末、ラモンから許可されて、勝はモニカと旅行をした。
海辺のホテルに1泊の旅だった。
旅行から帰ってきた勝はラモンの納屋を改築して、
モニカと一緒に住んだ。
ラモンは1ヵ月後に退院してきたが、まだ安静が必要だった。
勝は、ラモンの分まで農場で働いた。
ラモンは勝の手際のよさにすべてを任せた。
その年の暮れ、モニカが入院することになったのだ。
それはうれしい出産のための入院だった。
勝のハネムーンベイビーだった。
ラモンはふたたび、勝の手際のよさに感服していた。
日本の真琴の母、和泉慶子が知ったら卒倒するかもしれない。
5月の週末、ラモンの運転する車には、勝とモニカが乗っていた。
車はサーフポイント、K38に向っていた。
20分ほどで、海岸に着いた。
K38の波はきょうもいい波だ。
ラモン 「さあ、きょうはモニカにかっこいいところを見せてやれ」
勝 「いつものようにやるさ・・」
ラモン 「マリオはいつも、マイペースだな。さあ、いくぞ!」
ラモンと勝がサーフィンをしているのを見ながら、
モニカは波打ち際を歩いていた。
モニカが何かを見つけて拾い上げた。それは大きな宝貝だった。
モニカは宝貝を拾うとしあわせになれると信じていた。
海から上がってきた勝はモニカの横に座った。
モニカ 「マリオ、タオルよ。はい!」
勝 「おおおお、ありがとな」
勝はモニカの差し出すダオルを受け取り、体をふいていた。
モニカ 「ねえマリオ、これ知ってる?」
勝 「ああ、宝貝だろう?」
モニカ 「この宝貝を拾うと、幸せが訪れるっていわれているのよ」
勝 「へえ、そうか」
モニカ 「あら、そっけないのね、もうしらない」
勝は無意識に唄をくちずさんでいた。
勝 「バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが♪」
モニカ 「マリオ、すてきな曲ね。でもどこの国の言葉かしら?」
勝 「わからないけど、これは歌えるんだ」
そこへ海からラモンが上がってきた。
ラモン 「よお、おふたりさん。お邪魔かな?」
モニカ 「いやねえ、そんなんじゃないわよ」
そんな3人のサーフィンデートは毎週つづいた。
唯一の生きるあかしになっていたのかもしれない。
勝は眠りからたたき起こされた。
ラモン 「マリオか?いまおれは病院にいる」
勝 「何かあったのか?」
ラモン 「よく聞いてくれ。おれは今夜夕飯を食べに
モニカの店に行ったんだ。
そこで、数人の男どもにモニカがからまれていたんだ」
勝 「モニカが?それでどうしたんだ?」
ラモン 「モニカが未亡人なのをいいことに、
数人の男が囲んで言い寄っていたんだ。
胸をさわられたり、おしりをさわられたりしてな・・・」
勝 「なにィ!それで?」
ラモン 「我慢ならなくなって、おれがモニカを守りに入ったんだ。
そしたら、もう殴る蹴るのサンドバック状態さ」
勝 「それで・・・?」
ラモン 「モニカは大丈夫だよ。
ただ、そうとうショックを受けて泣いていたよ」
勝 「ラモンは?」
ラモン 「おれは・・おれはサーフィンができない体になっちまったらしい」
勝 「ええ!?」
ラモン 「股関節から利き足の右ひざまでを複雑骨折しちまったよ。
医者が言うには完全な運動機能は取り戻せないらしいよ」
勝 「ラモン・・・・、おれは何を言ってあげたらいいのか思いつかん。
とにかく、いま病院に行くよ」