潮騒が聞こえる〈BEACHBOYS1997〉

たそがれ時を過ごす場所。Costa del Biento / Sionecafe    2022年、館山の夕日劇場を見においで

小説 星屑のみち

星屑のみち 〈1〉辿り着いた場所

    辿り着いた場所

「21番でお待ちのかた、21番」
「はい、私です」
僕は小さく手をあげて、声の主を探した。モバイルを持ったこの施設の制服を着た案内係の女性が近づいてきた。
「あ、和泉さんですね。お名前は何とお読みするのですか」
「凪〈なぎ〉と読みます」
書類に何かを書き込みながら、女性は親しげに話しかけてきた。

1379579706_1228652「良いお名前ですね」
「はい、父が夕凪の海を見て、心静かな平和が続くようにと名付けてくれたそうです」
「わあ、素晴らしい名前ですね」
名前を誉められて、父を誇らしげに思った。

この日、埼玉県に建てられた国営施設の待合室で順番を待っていた。


少し悩んだが、ひとりで決めた。あらかじめ郵送されてきた用紙に必要事項を記入したものを、案内係の女性に手渡した。
「和泉さん、家族の方の同意書はお持ちですか?」
「いいえ、私には家族はいません」
「そうですか。では、地域の役所への手続きはお済ですね?」
「あ、はい。これが証書です」
女性は眉間にしわを寄せて、書類をひと通り確認している。そして、ひとつ頷いてから、真顔になって事務的に話し始めた。
「はい、大変お疲れさまでした。では、この通路をまっすぐ進んで突き当りのホールでお待ちください。通路の左手に、電話のできる小部屋が二つありますからご利用ください」
「あ、小銭も何ももっていないんですが・・・」
と言うと、女性は少し微笑んで、
「無料ですよ」と答えた。

「ありがとうございます・・・、じゃあ・・・」
案内係の女性は優しく微笑んで、軽く頷いてくれた。
「それでは、先にお進みください」
軽く会釈をして、精一杯の笑顔を作って通路を歩き始めた。

長い通路を歩いて行くと、左側に電話室があった。公衆電話のようなものが壁にかけてあり、その形に懐かしさを感じて、ふと子供の頃を思い出してうれしくなった。携帯電話の普及によって、こういう形の電話機は姿を消した。受話器を握ると、優しい人たちが思い出されて涙が目にあふれてきた。かけ慣れた電話番号をプッシュして、涙をぬぐった。ルルルルル♪ ガチャッ。
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「はい、山崎です」
受話器の向こうから、野太い男の声が聞こえてきた。山崎は、かつて潮音町の高校で硬派を名乗っていた先輩だった。

その風貌から、誰も逆らえないような空気を漂わせた猛者だったが、和泉凪の良き理解者でもあった。




「あ、山崎先輩ですか。和泉です」
「おお、凪か。いままでどうしてたんだ?心配してたぞ」
「はい・・・」
僕は小さな声で話し始めた。

「先輩、ご無沙汰してます。お元気ですか」
「ああ、高血圧で病院通いさ。でも気持ちは至って元気だよ」
「先輩、俺は今でも思い出すんです。先輩に背負われて帰った時に見た空いっぱいの星空を。今でも目を閉じると浮かんでくるんです」
「ああ、あんときか。古い話だなあ」
受話器を握り目を閉じると、まぶたの裏側には空いっぱいの星がなぜか滲んで見えていた。海辺の家へ山道を下って行く。大きな山崎の背中の上で、傷だらけの体が揺れている。体はボロボロなのに、何故か笑顔が湧き出てきた。

      〈 つづく 〉

星屑のみち 〈2〉春の風

   春 の 風
僕はじいちゃんとばあちゃんに育てられた。幼稚園の頃、両親は離婚した。母は再婚して新しい家庭に入ることが決まったので、僕は父方に引き取られることになった。潮音の町のじいちゃんの家には、母に手をひかれてやってきた。じいちゃんの家で母は長い話を始めた。じいちゃんとばあちゃんは、それを憮然とした態度で聞いていた。母の声は、やがて子守歌のように眠りに誘った。疲れて眠ってしまった僕を置いて、母は出て行ってしまったのだった。
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夕日が海に染まるころ、僕は目を覚ました。ここはじいちゃんの家だ。周りを見ても母の姿はなかった。
「じいちゃん、おかあさんは?」
「お前は今日から、ここのうちの子じゃ」
「ええっ?」




そう聞かされて、目から大粒の涙がこぼれてきた。僕は玄関を飛び出した。母を追って、潮音の駅に向かって、泣きながら走って行った。やがて駅に飛び込んだ僕は懸命に母を探したが、、ベンチにもホームにも、もう母の姿はなかった。母に置き去りにされたということを感じ取った僕は、大声で泣いた。体の中の水分が枯れてしまうほど涙を流した。辺りに暗闇が迫り、駅には灯りが燈り始めた。心配した駅員の優しい声も僕には届かなかった。やがて、泣き疲れて改札に近いベンチで眠ってしまった。
背後から人の気配がして、眠った僕は抱えられた。僕を抱えたのは駅員だった。そして僕はじいちゃんの背中に乗せられた。じいちゃんは泣きじゃくる僕を、遠巻きにずっと見守ってくれていたのだった。じいちゃんは駅員に微笑んで礼を言った。そして僕を背負って家路についた。駅からは小高い山をひとつ越えて海に向かって下って行く十数分の道のりだ。山に入るころはもう日もどっぷりと暮れて、空には満天の星が輝いていた。
うっすらとした意識の中で、涙でにじんだ星を見ていた。じいちゃんはずっと歌を口ずさんでいた。このとき、僕には何の歌かは分からなかったけど、じいちゃんの歌は子守歌のように心地よかった。僕の体はじいちゃんの背中の上で揺れながら、山道を海に向かって下って行った。遠くに星の瞬きのように、じいちゃんとばあちゃんの家が見えてきた。
      〈 つづく 〉

星屑のみち 〈3〉凪の成長

    凪の成長
離婚後も父さんは転勤が多く、僕はじいちゃんの家にあずけられていた。これが特殊な環境だというわけでもないし、両親の離婚や別居は珍しくない。今までも、母さんはじいちゃんとばあちゃんが嫌いだったから、じいちゃんの家に出入りすることはほとんどなかった。この家の中に、母さんのぬくもりを感じずに済んだので、それは幼い頃はかえって良かったのかもしれない。

1401339414_1755773「ただいまあ」
「おう、おかえり」
じいちゃんは網を縫う手を休めて声をかけてくれる。
僕はじいちゃんが好きだ。じいちゃんはいつも村田英雄のうたを歌う。ガラガラ声で最初は嫌だったけど、僕の大事な子守歌みたいなものだ。だから僕もカラオケではじいちゃんの十八番「無法松の一生」を歌う。村田英雄の歌は、じいちゃんの仲間の漁師たちには喜ばれる。友達は何で演歌なんか歌ってんの?って聞くけど、僕はこの歌が好きだ。いつかこの「無法松の一生」という昔の映画を借りてきて、じいちゃんと一緒に見たことがあったが、何故か泣けてきた。主人公の松さんに泣けた。そんなぼくも高校生となる。ここは海の近くなので波の音は空気のようなもの、あって当然の生活だった。港には大きな波のうねりが寄せていた。

入学式ではじいちゃんとばあちゃんが、一張羅の服を着て出席してくれた。じいちゃんのネクタイ姿など、この日まで見たことがなかった。いや、小学校の入学式以来かもしれない。中学の入学式の時は、じいちゃんは体を壊して入院していたから、出席できなかった。今でも悔しがっていたじいちゃんを覚えている。新入生の群れに僕を見つけると、じいちゃんは泣いていた。ぽろぽろとたくさんの涙を流して泣いていた。周りの父兄たちはそれを見て、こそこそと話していた。ばあちゃんはそんなじいちゃんに、そっと手ぬぐいを渡していた。じいちゃんは周りにはばかることなく、あふれ出る涙を手ぬぐいで拭っていた。それを見ていたら僕の目にも涙があふれてきた。

そんな入学式から数日すると、学校にも慣れてきた。中学よりも長くなった登校距離も、真新しい環境も日常のように思えてきた。人間は環境に応じて変われるものなのだと、そのとき身をもって感じた。両親の離婚も。父と離れて祖父母と暮らす生活も、今までもそしてこれからも続くのだろうと思っていた。最初は寂しかったり悲しかったりするけど、時間が解決してくれる。人間は耐えることで新しい何かを受け入れることができるようになる。忘れて暮らすことも自分であり続けるひとつの方法だった。

       〈 つづく 〉

星屑のみち 〈4〉父親

    父 親
そんなある日、父親が突然帰ってきた。離婚後も単身赴任を続けていた父とは、年に2回くらいしか会っていなかった。この日は1年ぶりに父の顔を見た。

「凪、元気だったか?」
「うん・・・」
「コミヤのらっきょう買ってきたから、食えよ。お前、好きだろう」
「うん、ありがとう」

久しぶりの父との会話だったけど、何か気恥ずかしく感じていた。
その夜、じいちゃんと父に呼ばれて、下の部屋に行った。
そこには、じいちゃん、ばあちゃん、そして父がお茶を飲んでいた

mera1「おれ実は会社を辞めてきたんだ」
父は唐突に話し始めた。
「長く仕事に向き合ってきたけど、もう限界だ。会社ではいろいろあった。居づらくなって辞めてきた.わけは聞かんでくれ」
「そうか、それはいいとして、おまえはこれからどうするつもりだ」
じいちゃんは不安をぶつけたが、父にはもう心に決めていたことがあった。

「おやじ、漁師の仕事を教えてくれ。一生懸命頑張るから、頼む!」
父はじいちゃんに頭を下げた。じいちゃんは腕を組んで目を閉じて、眉間にしわを寄せてしばらく考えていた。父はずっと頭を下げたままだった。
静かな夜だった。潮騒の音だけが聞こえていた。目を開いたじいちゃんが、熱いお茶をちょっと口に含み、しわを寄せて飲み込んだ。そして間髪入れずに口を開いた。

1308407566_329442「あしたは朝が早いぞ。ばあさんや、酒を持ってきてくれ」
ばあちゃんを振り返ったじいちゃんは、少しうれしそうだった。
この日、父がこの家に帰って来て、漁師になることが決まった。じいちゃん、ばあちゃん、そして父と、家族が増えていくようで僕はうれしかった。




ばあちゃんは隣の部屋で泣いていた。なぜ泣いていたのかは僕には分からなかったが、きっとうれしかったのだろう。
夜遅くまで、じいちゃんと父はやさしい目をして語り合っていた。父がなぜ会社を辞めてきたかなんて関係なかった。何も聞かなくても、じいちゃんは黙って父を受け入れたのだろう。これが親子なんだと僕は感じていた。父も返ってくる場所があったからこそ、いままで頑張って来れたのだろう。桜が誇らしげに咲いている夜道を、酔っ払って歩いて行く人たちの歌声が聞こえてきた。この年はちょっとうれしい春になった。
       〈 つづく 〉

星屑のみち 〈5〉高校生

   高校生

早朝、ばあちゃんがまな板を叩く音で目が覚めた。じいちゃんと父は、もうすでに海に出たようだ。ばあちゃんが一緒にご飯を食べてくれた。ばあちゃんは時々ぼうっとどこかを見つめている。その顔は生気を失っているかのように見えた。でも話しかけると、いつものばあちゃんに戻っている。
CIMG0658「父さんは海に出たの?」
「ああ、とっくに。じいちゃんに叩き起こされて出ていったよ」
「父さんは漁師の仕事むいているのかなあ?」
「あたしとじいちゃんの子だからねえ、きっと大丈夫だよ」
「そうだといいね、行ってきます」
「ああ、気をつけてね」
「うん」

家を出ると、まばゆく輝く海があった。じいちゃんと父は、この海のはるか沖で魚を追っているのだろう。海は夏のような輝きで照り返していた。

校門を通り抜けて下駄箱に行くと、同級生の石井が2年生3人に囲まれていた。石井の家は不動産屋で、地元では金持ちの代名詞のような家だ。石井は脅かされて1万円を渡していた。関わり合いのないことなので,観て見ぬふりで通り過ぎた。教室で窓の外を眺めていると、石井が話しかけてきた。

「なあ、和泉。さっきの見てたろう?」
「いや、なにも・・・」
「うそつけ、俺が脅されて金を取られたのをみてただろう?」
「それはお前の問題だろう。おれには関係ないだろ」
「そんなこと言うなよ。友達だろ?」
「君と話すのはまだ2回目だし、友達だなんて」

「俺はさ、入学してから何度もあいつらに金を取られてるんだ」
「なんで?」
「わかんねえよ」
「おまえの家が金持ちで、いつも学校で金を持ち歩いているからだろ?」
「・・・・・」
「おまえにスキがあるんじゃないのか?」
「うん、そうかもな」
「俺には関係のないことだろ」
金持ちには金持ちの悩みがあるんだなと思った。自分には関係のない話だと思っていた。しかし、放課後、校門のところで石井を恐喝していた2年生に呼び止められた。
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「おい、和泉っておまえだろう?」
「はい、そうです」
「おまえさ、俺たちのことを先生にチクろうとしてるんだってな」
「ええ? そんなこと知りません」
「石井が言ってたぜ。和泉が助けてくれるって」
「俺には関係のないことです」
「もし、俺たちをチクろうとしていたなら、あした1万円持って来いよ」
「ええ?」


ふたりは去って行った。唖然とする、飛んだとばっちりだ。そして、すべて無視することに決めた。

      〈 つづく 〉

星屑のみち 〈6〉理不尽な

    理不尽な
朝起きると、もうじいちゃんと父は海に出ていた。父のやる気は続いているようだ。
「ばあちゃん、父さん頑張ってるね」
「あいよ。このまま続いてくれるといいね」
こういう会話ができることがうれしかった。家族の話題を語れることが、今まではなかったことなのだ。話すと気が滅入るので、敢えて口にすることはなかった。

校門の前で石井が待っていた。
「和泉、おはよう」
石井を無視して、教室に向かった。しかし、体育館の横で、あの2年生に止められてしまった。迷惑な人たちだ。
「なんなんですか?」
「お前、1万円持ってきたんだろうな」
「うちは貧乏で、そんな金はありませんって」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだよ」
ふたりの2年生は、いきなり拳で殴ってきた。さらに殴りかかろうとしたとき、誰かが声を上げた。
「キャー、誰か来て~! たいへんよ~」
「やばい、行こうぜ」
ふたりの2年生は走り去った。

さっきの声の主が、駆け寄ってきた。同じクラスの水野純子だった。
「和泉君、大丈夫? 保健室に行きましょう」
「大丈夫だよ」
「でも、血が出てるわよ」
「大丈夫だって言ってるだろ・・」
保健室に誘う水野を振り切って、何もなかったように教室に向かった。教室では水野は傷を抑える様子を気にして伺っている。石井はこちらを見てはすまなそうに合図を送ってきた。変な関係だったが、高校に入って初めてつながりのできた石井と水野だった。

家に帰ると、じいちゃんと父が網の手入れをしていた。その前を邪魔しないように入るのも、この家のしきたりだった。
「ただいま」
「おかえり」
じいちゃんの声が背中に投げられた。この声を聞くだけで気持ちが安らぐのだ。これは両親が離婚してここにあずけられた時から、何十回も何百回も繰り返してきたことだった。

CIMG0839じいちゃんはよく散歩に誘ってくれた。海のことや空のこと、食べられる草のことを歩きながら教えてくれた。それは「ただいま」の後の楽しみでもあった。散歩の帰りには小さかった僕はいつも眠くなってじいちゃんに背負われて帰ってきた。
じいちゃんの声は小さい頃からの子守歌のようなものだった。冬の散歩では空にはたくさんの星が輝いていた。

星空の見えるときに限って、じいちゃんは三橋美智也の「星屑の街」を歌ってくれた。
海辺の家に帰る山道を下るとき、歌詞にあるようにじいちゃんと僕は両手を回しながら、揺れながら、歩いて行った。
「じいちゃん、歌の人なんで泣きながら、たった一人で帰ったんだろ?」
「大人になればわかるよ。むかし戦争があってな、この歌は爆弾で燃えている自分の家を探して彷徨っている歌だと聞いたことがあるよ。いま聞いても分からんだろう」
両親の離婚で母に置き去りにされ、母を追って駅まで走った幼い思いから、理解できる時期は早いとじいちゃんは思っていた。
     〈 つづく 〉

星屑のみち〈7〉和泉家の男たち

   和泉家の男たち

夕食の時、顔の傷に父さんが気づいた。
「どうしたんだ? 顔の傷」
「何でもないよ」
「けんかでもしたんか」
「いや、サッカーしててぶつかったんだ」
「そうかあ、気をつけろよ」
それを聞いて、タイミングよくじいちゃんが話し出した。じいちゃんには千里眼の能力があるのかもしれないと思った。
「凪の父ちゃんも、よくこんな傷つけて帰って来たなあ」
「えっ、父さんが?」
「おやじ、もうそんな昔の話は・・・」
「あれはお前の武勇伝じゃないか。凪にも聞かせてもいいだろうて」
「だって、あれはさあ」

62e54f96.jpg「凪の父ちゃんは、おまえぐらいの時は男気があってな、友達がいじめられて泣きついてきたときだったな。何でも親からもらった大事な時計を不良グループに巻き上げられたらしいんじゃ。それを取り返してくれと頼みに来たんじゃったな」
「何で父さんに頼みに来たの?」



「おまえの父ちゃんは、喧嘩にかけては誰にも負けんかった。負けてたまるかっていう意地が強かったな。それで、ひとりで不良グループの所へ乗り込んで行ったよ」
「ハハハ、おやじ、もういいって・・」
「それで、じいちゃんどうなったの?」
「乗り込んだら、相手が15人くらい集まっていてなあ。こいつは負けるなんてちっとも考えんもんだから、バチバチ始めよったんよ」

「それで、それでどうなったの?」
「威勢は良かったが、大勢に押さえつけられて,ボコボコになって帰ってきたんだな。悔しがってなあ。一晩中泣いておったよ。だけど、おまえの父ちゃんは負けず嫌いでなア、次の日また乗り込んで行ったよ」
「ええ?また行ったの?」
「それで、その日もボコボコにされて帰ってきたんだ。だけど今度は泣かなかった。自分なりに勝つための戦い方を考えていたよ」
「戦い方?」
「そう、15人に囲まれたら、後ろから押さえつけられたらもう動けんじゃろう。一度に数人を相手にしたら勝てないということを2度のけんかで学んだんだろう」
「それで、父さんはどんな戦い方をしたの?」
「ああ、あらかじめ肥しの桶を隠した狭い道路に誘い込んだ。そうすれば一度に二人くらいしか、かかって来れないだろ。それから狙いは相手のリーダーひとりだけに決めた。あとのやつはい成すだけでいい。相手のリーダーとのタイマンなら、俺は負けない自信があった」

「その肥し桶って何?」
「ああ、むかしは便所が水洗じゃなかったから、畑で撒くように肥しを運ぶ桶があったんだ。二つの肥やしの入った桶を天秤棒を通して運ぶんだ」
「父さん、その肥しって化学肥料のこと?」
「ばか言え、肥やしといえば、うんことしょんべんだ!」
「凪よ、おまえの父ちゃんの作戦はすごいだろう?」
和泉家の男たちはすごいと思った。
       〈 つづく 〉

星屑のみち 〈8〉山崎竜太

   山崎竜太
「それでどうなったの?」
「おまえの父ちゃんの勝ちだった。でもお前の父ちゃんはその後の態度が良かったんだ。わしにはよく分からんがね、相手のリーダーと仲良くなってしもうたんだ」
「ええ?」

「男には、とくに日本の男には受け継がれている男の血があるんだろうなあ」
「じいちゃんは、それをじっと見ていたの?」
「ああ、この不良グループも見どころがあってな、素手で闘ってくれていたんだよ」
そうだったな、あんとき凶器なんか持ってられたら、俺は生きちゃいないよ」
「うん、だから安心して見守っていた。・・というよりな、相手のリーダーのおやじは、じいちゃんの酒飲み友達だったんじゃ。いまだから言うけどな」
「おやじ、初めて聞いたぞ」
「まあ、許せ。古い話だ。ハハハ」
父親の知らなかった一面を見せられて、衝撃を受けていた。それと同時に、2年生に脅かされている自分を情けなく感じていた。
「俺にも父さんみたいな熱い血が受け継がれているのだろうか」
そう呟きながら、布団の中でじいちゃんの話を思い返していた。

翌朝、起きる頃にはじいちゃんと父さんはもう海に出ていた。気持ちの良い朝だった。昨日よりも足取りが軽かった。昨日の話で自分が強くなったような勇気が湧いていた。しかし、校門まで来ると、またあの2年生たちが待っていた。
CIMG0693「よお、ちょっとこっち来いよ」
「・・・・・」

体育館の裏に来ると、2年生が口を開いた。
「持ってきたか?1万円」
「まだそんなことを言ってるんですか。俺の家は貧乏なんだ。そんな金はない」
「このやろう、態度がでけえんだよ」


二人の2年生はボコボコに殴って、蹴ってきた。やられるままに手は出さなかった。

「おまえら!なにをやってるんだ!」

ふたりの2年生は、声のする方を振り返った。
「あっ、山崎さん。オス!」
「オスじゃねえよ。何をしてるんだと聞いているんだ」
「はい、この1年生が俺たちに生意気な口を利くんで・・・」
そうか、あまり派手にやるんじゃねえぞ」
「はい」
山崎竜太は3年生で、言わずと知れたこの学校の番長である。2年生もこの人には頭が上がらない。山崎はチラッとこちらを見て行ってしまった。

顔を腫らせて教室に行くと、水野が寄ってきた。
「和泉君、またあいつらにやられたの?わたし先生に言ってくる」
「やめろ!自分のことは自分でけりをつけるから」
「和泉君・・・」
遠巻きにそれを見ていた石井も心配そうに声をかけてきた。
「和泉、大丈夫か?」
「石井、おまえあいつらにいくら取られているんだ?」
「入学の日からだから、20万くらい・・・」
「ええ?親は何も言わないか」

「うん、いろいろ教材買ってることになってるから」
「おまえのとこ、本当に金持ちなんだな。だけどさ、悔しくないのか。一生あいつらにたかられるかもしれないぞ」
「えええ?そんなの嫌だよ」
「だったら闘え!あんなやつらに先輩面させるな」
「そうよ、男ならやっちゃえ!」
「おいおい、水野まで?」
学校はけっこう楽しいところかもしれないと、このとき思った。

        〈 つづく 〉

ビリー工作キット昭和シリーズ
ぼくらの夏は終わらない 1997年夏の月9ドラマ「ビーチボーイズ」に酔いしれる。館山市布良でロケ。
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