潮騒が聞こえる〈BEACHBOYS1997〉

たそがれ時を過ごす場所。懐かしい未来と館山から海辺の情報を。/ Sionecafe

極真空手発祥の地

小手返し

合気道は面白いですねえ。

小手返し。。。館山小学校に城山沿いに館山神社の裏を通っていくと、
右側に合気道の道場があったなあ。。。

 

究極のさばきから

躰道。。。面白いですね。
たいていの空手修行者は、この動きに戸惑うでしょうね。
寸止め空手の速さと、消えてからの大技に殺気を感じる。
極真空手の試合では、面白い他流試合になるでしょうね。
この恐ろしく速い横の動きと上下の動きで一瞬消える。。。
フルコン空手の選手が、躰道の動きを習得したら強豪の外国勢にも勝てるかも。
間合いを考えない選手は、まぐれて勝つか脳天を蹴られる結末かっ!

 

極真伝説の場所

4c3b176e終戦後、清澄山で2年半のやまごもり修行を終えて、
館山に住んだ大山倍達氏、映画のドキュメント撮影で、
牛の角を叩き折る闘いを繰り広げた。このとき、
周りには撮影の為駆り出された学生や市民が囲んでいる。
僕の父もこの中にいる。
このあと、大山氏は東京田園コロシアムで
スペインの猛牛と相対することになる。

さて、この写真はどこかというと、
館山八幡の海岸なんです。
今でいうシーサイドホテル前の芝の平地あたりです。


CIMG0039館山市で、証言もとれるいま、
正確な場所を特定して
記念の標識のようなものを
建てれば、その場で写真を撮る
空手修行者やファンたちが
けっこういるんじゃないかな?
館山の歴史を伝えられるものを
のこしたいですね。

尊敬する芦原館長

芦原英幸という人を見るとファン心理でワクワクした。
空手指導で所作を見て、厳しいけど安心感があった。

芦原さんは、いつも相手が刃物を持っているかもしれないことを
想定した間合いを取っている。今の大会にはそういう選手は少ない。
芦原さんは池袋でも、その手の実践が豊富だったと聞く。
詳細は「空手バカ一代」を読んでください。
極真大会でも審判団に芦原さんを見るとうれしかった。
愛弟子は円心空手の二宮城光氏、正道会館の石井和義氏。
人に好かれるのは持って生まれたもの。



館山の人

待田京介(まちだきょうすけ)、本名 薦岡康彦
1936年6月22日生まれ 千葉県館山市出身の俳優、空手家、都立大泉高校
 
終戦直後の館山に住んでいた大山倍達に親が頼み込んで弟子入りした。
それまで弟子を取らなかった大山倍達にとって一番弟子でした。館山で大山倍達に稽古をつけられる。
 大山が東京に移るのを追いかけるようにして東京へ行き、池袋の大山道場で空手の稽古に励む。大山道場は極真会館と名前を変え、後に世界一有名な空手道場となっていく。
待田氏は高校卒業後、さまざまな職業に就くが俳優を目指し、

「俳優座養成所」「東京芸能」を経て、1958年日活入社。同年井上梅次監督の『素晴らしき男性』で、石原裕次郎の弟役でデビュー。小杉監督の『船形さんよ』の主役に抜擢される。小林旭、川地民夫らにつづく新人として売り出し、1959年の「らぶれたあ」は、1995年に中山美穂、豊川悦司でリメイクされています。現在も、極真の大きな大会には、来賓として招かれています。




映画館のイメージで動画の最初に映画初めのブザーがなります。
このしりーずにも、待田京介さんが出演。
おじさんに連れて行ってもらった館山キネマ通りでの映画、
小学生には刺激強すぎでした。

お手本の間合い

壮絶な間合いの試合。。。これだけの試合は日本人では見られないのか?
アンディのかかと落としに間合いを合わせて足でさばくフィリョは強かった。
間合いを詰めたアンディが副審の笛の音に気を許した瞬間のフィリョの上段!
自分の間合いだと思っていたアンディだったが、実はそれをフィリョは狙っていた。
両者殺気に充ちた試合は圧巻でした。

いまの極真の試合では、拳で場外まで押す体力勝負の我慢大会。
一本取れなければ、両者失格ってきびしすぎるかい?
そういう日本のサムライが出てきてほしい。


 

芦原道場時代の二宮氏

二宮氏は、愛媛の芦原道場出身なので、組手の中にさばきが見れます。
決勝の三瓶氏は素晴らしい組手を見せていますが、
極真の試合は現在は、体力に任せて相撲の試合が多いと思う。
やっぱり、間合いを取ることで緊張感が生まれることを二宮氏は教えてくれる。
主審は大山茂氏だと思いますが、他流派だとつかみ反則、投げを公平に見ている。
この頃の試合が一番面白かった。

若い極真の選手は、相手が刃物を持っていると思う緊張感が欲しい。
そうすれば、牛のように突っ込むだけの試合はしないだろう。
突っ込んだら腹を刺されて終わりだ。。。二宮氏の師範、芦原英幸氏は
池袋で知り合いを救うために数人の暴力団員さんと格闘している。
さばかないと刺されてしまう命がけのタイトロープを渡ってきている。
そのため大山総裁から一時破門を伝えられることになった。
やがて、大山総裁から四国で極真空手を広めるよう指名を受けて単身四国へ。
そこで、孤高奮闘していまの芦原会館を愛媛に開いた。
その門下生が、この二宮氏であり、正道会館の石井館長なのだ。
二宮氏優勝のあと、握手をする芦原氏が見られたのはうれしい動画だった。
二宮氏はこのあと、アメリカのコロラドに修行の地を移し円心空手を作った。

 


数見選手100人組手

2000年に頂いたサインですが、数見選手は達筆ですね。
この頃極真の代表的な空手家でした。
大山総裁が見守る中、本部道場での試練の100人組手に挑戦しました。
気合とともに本部の猛者たちが入れ替わり立ち替わり、
数見選手に拳、蹴りを叩き込んでくる。それを一人一人相手をしていく。
みんな簡単に一本勝ちできる相手ではない。
数見選手の体力消耗と痛みは、その人数とともに蓄積されていく。

数十人との組手が経過した頃、大山総裁が組手を止めた。
激しい組手を仕掛けてくる極真の猛者たちを相手にしていて、
数見選手の顔面から血の気が引いていて、皮膚には傷が目立ってきた。
その異変に気が付いた大山総裁が一時、組手を止めたのだった。

「きみ、だいじょうぶか?」という総裁の声に
「押忍!」としっかり答えた数見選手を見て、組手は再開された。
そして、見事に極真100人組手が達成された。

数見選手は毛筆でこれだけの文字を書ける人、
きっと繊細な心の持ち主。。。それでいて極真を代表する空手家でした。
これは僕にとって、頑張るときの大事な宝物となっている。
CIMG9539
Photopresso canonのサイトでsionecafeの作った館山の写真集が見られます
SIONECAFEの館山の写真集


1.想い出の安房南高校校舎
2.フラメンコinタテヤマ
3.安藤さんの「海からの伝言」
4.南房総のおいしいもの
5.布良の町をゆく
6.珍百景の旅
7.パラダイス・ビュー

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ビリー工作キット昭和シリーズ
ぼくらの夏は終わらない 1997年夏の月9ドラマ「ビーチボーイズ」に酔いしれる。館山市布良でロケ。
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