旅館池田荘 池田弓道場
朝がやって来た。板前さんは早朝 5時から来ていて朝食の準備を始めていた。
「昨日はずいぶんお客さんは飲まれたようだね」
「そのようです。おふたりとも強いですね」
朝、風呂を利用してから食堂にやって来たのは11時近くだった。
それから朝食を食べて部屋に戻り昼近くなって帳場にやって来た。
安房神社の車?が迎えに来たけど、どうもそうではないようだ。
車から出てきたのは代行さんのような風体の男だった。安房神社にはあんなにラフな人はいないと思う。この様相で安房神社に招かれているとはとても思えない。お二人とも前日かなり飲酒されている。
「あ、先に車に乗ってて」
女性は何も言わず、こちらを見ることもなく、すぐ外に出てこの車に乗り込んだ。何かをたくらんだかのように、日本弓道連盟の名誉会員の名刺を持つ〇〇は上着を着ながら笑みを浮かべて、
「カードで払える?」という。宿泊費を加えると3万数千円の会計だ。
この旅館には何度も来ていてカード払いが出来ないのを知っていての行為だ。お女将がいないのをいいことに、代わりに仕切っていた僕を甘く見ての行為だと理解した。
「すいません、ご承知の通りここはカードが使えないので、現金でお願いします」
「あそう、じゃあ、あとで女房が払いに来るから」
と言い残して急いで車へ向かった。運転代行業者に違いない安房神社のお迎えと称する車に乗り込んだ〇〇と女性は、何もなかったかのように走り去った。部屋に戻ると、とても神事に関わる人とは思えない汚しようだった。酒の匂いが充満していた部屋を2時間かけて掃除片づけをして窓を開けはなして酒の匂いを消すことにした。布団の上での飲酒だったのか布団にも酒の匂いが染み込んでいる。その、後片づけのない汚れ用で、この女性は神主の奥様なのかと呆れた。それから〇〇からは何の連絡もない。
数日して、上野の五〇天〇社弓道部に電話してみたが、電話には出ない。2回ほど内容証明付きの請求書を上野の五〇天〇社弓道部あてに送ったけど、音沙汰がない。そして、それからは無視された。
奥様が後で払いに来るということだったので、同じ東京の第一地区弓道連盟の先生がいらしたときに聞いてみましたが、「ええ?〇〇はいい年だけど独身だよ。奥さんなんていないよ」と教えてくれました。〇〇は最初から無銭飲食踏み倒しで来る計画だったんだね。だから1週間かけて深夜の電話で様子を伺い、これはだませると踏んでホステスさんとのいかがわしい旅行に来たんだね。「安房神社の関係者」ということを言っていたので、上野の五〇天〇弓道部のほかに台東区の〇〇〇〇神社の神主をやっていることは間違いないのでしょう。ただこの旅行には安房神社は全く関係ないことに利用されていたんでしょうね。安房神社と言われても僕の本業は旅館ではないので聞き流していましたが。。。
まったく日本弓道連盟名誉会員の名を汚すだけでなく、安房神社の名を語り、父母のいなかった旅館に無銭飲食踏み倒しを計画し、連絡にも応じず、ホステスさんを奥様と称し嘘だらけでだまされました。あの時は父母が入院したりしていて、お金に余裕のないときだし、旅館の板前さんの給料もある。
弓道で名のある方には、まして神主のような神事に関わる方は、こういうことは慎むべきです。警察沙汰にしなかっただけでも日本弓道連盟から表彰されてもいいよね。さすがに〇〇の本名は書きませんが。。。この人には和の奥ゆかしさも人として敬う部分のひとかけらもない。この日本弓道連盟名誉会員の名刺を持つ上野の神主と関わることが無くなって、数年の怒りが収まった。東京都第一地区の窪〇先生が一橋大学の師範で来られた時、料金踏み倒しの件を言いたくてたまらなかったけど我慢我慢でだまっていたんだよ。弓道会には父が師とする福原範士のような素晴らしい人もいるけど、神事に関わる表の顔の裏に、犯罪をも享受する俗された子供みたいな弓ひきもいるんだということを勉強した。
これは父が弓道に関わっていたので、公には出来ず我慢と忍耐で押さえてきましたが父が他界し、宿も道場も壊し、もう何も遠慮することはないので書いてしまいます。旅館をしていた父母が入院した6年ほど前の話です。弓道合宿の常連校もあったので、弓道関係の方にはご迷惑が掛からないように僕が旅館の留守を任されていた時の話です。
春と夏以外は宿泊客が少なくなりました。そんなある日電話がかかりました。6年ほど前の話です。
「あ、上野の五〇天〇社弓道部の〇〇だけど」
「お世話になっています」
この〇〇氏は企業の弓道部の合宿にも指導でうちの旅館に来られる日本弓道連盟の名誉会員の名刺をお持ちの方で、普段は台東区のかわいい名前の神社の神主さんらしい。五〇天〇〇弓道部は立派な歴史ある会で、彼の後、数年前は妹さんがまとめていると聞いていましたが、現在は代替わりかな。
「うちの合宿の前に、ふたりでそこに泊まりたいんだけど!」
「あ、ありがとうございます。弓道場も使われますか?」
「うんん、その時は使わないの。安房神社に用があって行くの」
「いつの宿泊になりますか?」
「1週間後の土曜日だけど、あいてる?」
「はい、お取りしておきます。ありがとうございます」
母が入院していた時で、僕が他の仕事に勤務しながら母の旅館を週末はやっていました。僕の携帯には旅館の予約電話もつながるようにしてありました。この予約が入った日の深夜11時、〇〇から電話が来た。
「さっき電話をした〇〇だけど」
「はい」
「おたく活きづくりとかあったよね?」
「はい、お値段に応じてご用意しますが3000円からご用意できます」
「うん、じゃあさ、1万円くらいで用意して、お酒も良いのを用意しておいてね」
「はい、わかりました。お二人用でしたね?」
「うん、じゃあね」
ここまではよかった。。。。。
次の日の深夜、僕の携帯がまた鳴った。仕事が終わって寝たばかりだったので飛び起きた。
「五〇天〇社弓道部の〇〇だけど」
「はい」
「あのさあ、そこのまわりでさ、なんか遊べるとこある?」
「あそべるところ?」
「そうそう、二人で行って、楽しいとことかない?」
「いまゴルフ場がお二人でも回れるようですが、ゴルフはどうですか?」
「ゴルフ?いいね。聞いてみるけど取ってもらっていい?」
「はい、決まったらお電話ください」
「他には?」
「釣りとか城山とかですかね」
「じゃあね」と切られた。
この電話なんだろう?と思って眠りについた。
次の日も、仕事は午後8時で終わって夕食を食べて早めに眠ってしまった。すると、また夜11時過ぎに携帯が鳴った。
「五〇天〇社弓道部の〇〇だけど」
「はい、こんばんわ」
「あのさあ、ゴルフは。。いいや。ほかに名所とかあそべるとこはないの?」
「はい、思いつきません。どんなものがいいものか」
「ないの?ないの?考えといて!じゃあね」
こういう電話が予約の日まで、次の日も、また次の日も、毎日かかってきた。遠足前の子供みたいだと思った。そして、深夜の電話に悩まされる1週間が終わり、この二人がやって来た。〇〇とやって来たのは、派手な化粧の背の高いスタイルのよい女性でした。〇〇よりも背は高く感じた。神主さんの奥様にしては、僕にはわかるけどお水の感じのする女性だと思った。
「明日のご予定は?」
「昼前に安房神社の車が迎えに来るから、それで安房神社に行く」
「はい、わかりました」
お二人は午後はどこにも行かずに部屋に閉じこもっていました。夕方、お風呂と食堂をご案内すると、お酒と料理のお注文を追加されて、部屋に持って行くとお酒と料理つまみをお持ちになって夜を迎えました。部屋から聞こえる大声は近所にも響き渡る声でしたが、それ以来は〇〇は帳場に降りてくることはなかった。遅くまで居てもらった板前さんにお礼を言って就寝した。
そして、日曜の朝を迎えることになる。