館山の「また旅倶楽部」さんの記事を読んで知ったのですが、
ここは、そんな歴史があったんですねえ。
ぼくの生まれ育った館山市の仲町と上町の境の道路、
君塚パーマ屋さんの横を入っておちかんさま(いまの上仲公園)へ
向かう道がありますが、上町側の角の建物の話です。
いまは沖縄料理の店が建っています。

CIMG9990 (2)これは昭和43年のアルバムの写真です。館山小学校鼓笛隊パレードが来たので、日付は8月7日、観光まつりの七夕パレードです。
建物には「仙臺屋」、小学生の頃は壺か何かを売っている店だと思っていました。
この「仙臺」は仙台なんですねえ。館山が江戸に入る海の玄関口であることがわかりますねえ。それと同時に七夕で有名な仙台ゆかりの仙台屋さんの前を通る七夕パレードのつながりも感じます。
「また旅倶楽部」さんの記事によると、その昔、ここは仙台藩役所跡、廻船役所だったので、藩の年貢米などを輸送する船の改めや、船が難破した際に世話をするところで、かつては藩士ふたりが詰めていたそうな。東北仙台からの江戸への海路では、東京湾の入口にある館山は外海の荒波を越えてきての港だったんでしょうね。海から離れていると思うけど、その頃はもっと陸まで海だったんでしょうね。
CIMG9992 (2)昭和43年、城山の山頂には何もありませんね。昭和30年代、親に連れられて登った幼い日は、城山の山頂は芝生の広場でコンクリートの低いかきねがありましたね。
(知人の叔母さんなので、顔はNG)