海上交通が主だった館山に、初めて汽車がやって来たのは
大正8年5月24日、北条海岸に大幕が飾られて式典が行われた。
結婚前の僕の祖父が、その時の蒸気機関車の運転手だった。
この頃は鉄道省ではなく、鉄道院と言われていた。

関東大震災までは安房北条駅だったんですね。
「安房北条館山」というのも聞いたことがあります。
この頃は、看板文字は右から左へ書いていましたね。
面白いのは、アルファベットはそのままで。。。
子供たちに読ませたら、そのまま
「あは ほうでう」って何?どこのこと?

次回から数回にわたり、タムタム館山誌に掲載された
昭和40年代の住民インタビューに注目してみたいと思います。
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