住宅街となった場所の弓道場は、平成の後期に苦情だらけでした。
やってることは変わらないけど、それを嫌がる人も騒音として警察に電話する人、
昭和の頃は街中に5つあった弓道場も、市営道場と八幡神社だけになってしまいました。

東京にまで周知されていた弓道・安房の名前は衰退して聞かれなくなりました。
近所の人も弓道を嗜んでいたら、きっとそれぞれの立場も分かったかもしれませんが、
平成の後半は、それぞれが個を主張する時代で、警察も個を認めざるを得ない時代でした。
ヒステリックに電話してくる女性の声も忘れられません。。。
学生の声出し、的に矢が当たる音を理由にスコップであづちを掘りに来た侵入者には参りました。

あとは有名な日本弓道連盟の上野の名誉会員さんが、飲食店の女性と宿泊して2万円くらいの食事も注文されて、会計はあとで払いに来ると言いながら、無銭飲食されていまだに連絡がつかないことも弓道場維持の障害になりました。そんなに偉い神事に関わる方〈上野の神主〉が無銭飲食踏み倒しで逃亡するなんて。。。弓道も終わりかな?宿泊の予約のあと1週間は、毎夜毎夜深夜に電話が来て「遊ぶとこないの?」「女性が楽しめる?」。。。僕らは純粋に弓道が好きだったのにね。この神主さんの踏み倒し不倫旅行を訴えたかったけど。。弓道を教えてるかただし言えなかったよね。その後何度か請求書は五〇弓道会に送ったけどなしのつぶて。いまは遠慮する関係は何もないので、悪いことは悪いよ!と言える。平成の時代は館山の旅館業の方は苦労が多かったですね。

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