兄妹の再会

夕方になって、凪と純子は小料理 藤子に向かった。暖簾をくぐると懐かしい空間が待っていた。藤子さんがなぎを見るなり声をかけてくれた。

「あら、凪くん行方不明って聞いてたけど、無事に帰って来れたのね。良かったわ」

「ご心配かけました」

「あら、凪くん、きれいなお嬢さんねえ、彼女?」

「はい」

純子は黙って笑顔を見せていた。そこへ、石井がやって来た。

「こんばんは、藤子さん」

「いらっしゃい」

「おお、凪、どうしてたんだ?心配したぞ。地震の後、消えてしまったんで探したぞ」

石井はカウンターの傍に来て、凪の隣の純子に気が付いた。

「あ、初めまして。凪の友人で石井と言います」

「え?石井さん? 私は石井純子です」

「ハハハハ、うちのじいさんの妹と同じ名前ですね♪」

と笑いながら、石井は純子の顔をまじまじと見て愕然とした。

「あれ?法事をやったばかりのおばに似ている!」

「石井、正直に言うよ。落ち着いて聞いてくれ。じつは、彼女はお前のじいさんの妹さんだ。似ているんじゃなくて、本人なんだ」

「ばか言え、おばさんは死んで法事もやったんだぞ」

「あの地震の後、僕はタイムスリップして昭和20年の館山にいたんだ。そのとき、二十代の石井のおじいさんが現れて城山でお世話になったんだよ。純子さんにも木村屋旅館でお世話になったんだ。この時代に帰れることになって、一緒に連れて来たんだ」

「凪、居なくなったと思ったら急に現れて夢の話か。あのとき頭でも打ったか?大丈夫か?確かにじいさんの妹は旅館に勤めていたと聞いているけど、純子って名前までお前よく知ってるな。でも、そんなことあるかよ。映画じゃあるまいし」

「石井、本当の話なんだ。僕は純子さんと結婚する約束をした。この時代でふたりでやっていくよ」

「え?ホントの話なのか? マジ?」

「マジ卍 !」

「純子さんは今おいくつですか?」

「十七歳です。でも不思議、兄の孫にあたる人が私より年上なんて」

「はあ・・・」

石井はこの夜、かなり酔って家路についた。

次の日、凪は純子を連れて石井の家を訪ねた。なぜなら、石井の祖父がまだ健在だったからだ。兄妹の再会を石井に頼まれていた。

「こんにちは」

「は~い」

石井の母が出てきた。

「あら、凪くん、どこにいたの? みんな心配していたのよ」

「ご心配かけてすいませんでした」

「あら、お友達?」

「はい、ぼくの婚約者です」

「まあ、それはおめでとう。あれ、誰かに似ているわね」

「始めまして、純子です」

「え?純子さん?」

凪と純子は奥の居間に通された。そういえば、石井の祖父と純子は父親が戦死したあと、館山に残り、兄妹ふたりで働いて生活した苦労があった。純子はその兄と、ここで会えるということで、緊張していた。そこへ石井に連れられて石井の90歳を過ぎた祖父が入ってきた。その姿を見て純子が急に涙を流していた。

「お・に・い・さん」

純子の顔を見て、石井の祖父は驚いた。そして泣き出してしまった。

お~お~、と大きな声が部屋に響いた。ふたりは抱き合って泣いた。

「純子、純子なのか・・・」

「はい、おにいさん」

「純子が終戦後に急にいなくなって、空襲に巻き込まれてしまったかと心配したよ。布良の伯父から純子を見かけたと聞いて、布良まで探しに行ったんだが行方は分からず、家族はお前の葬式を出したんだ。小舟で海へ出たのを見かけた人もいたので、海で死んだと思っとった」

「はい、この凪さんと一緒にこの時代に来ました」

「そうか、んんん、わしにはよう分からんが、会えてよかった。でもなんで若いままなんだ?」

それを見ていた石井の母も唖然としてこの再会を見守った。十七歳の伯母が目の前にいる。

「お兄さん、私は凪さんと一緒に、この時代を生きていきます」

「おお、そうか。あの辛い時代を経験して来たんだから、幸せになって欲しい。凪くん、妹を頼んだよ」

「はい、ぼくが純子さんを守っていきます」

「おお、ありがとう」

純子の美しい目から大粒の涙がこぼれていた。

「石井さん、あの時は城山でお世話になりました。行く場所がなくて本当に助かりました。職場も木村屋旅館の純子さんを紹介してもらって助かりました」

「んん?何のことかな?」

「あ、いえ、ありがとうございました。感謝してます」

「何だか分からんが、妹をよろしくな」

「はい」


CIMG8611帰り道、凪は石井に相談したいことがあると言って、海岸に行った。


「相談って何だい?」

「純子さんの戸籍なんだけど、どうしたらいいかなあ」

「ああ、そうだよな、タイムスリップしてきたから、この時代には戸籍がないな」

「ぼくはいずれ航空会社に就職して、イギリスに行きたいんだ。もちろん、純子さんを連れて行って、向こうに生活の拠点を置くつもりだ。石井は市役所にいるんだろ?戸籍のことちからになってくれよ」

「彼女は若いけど、石井家の人間だから、俺も調べてみるよ」

「よろしく頼むよ。僕は彼女のことが好きだ。一生守っていくつもりだ。何も考えずに彼女を連れてきちゃったけど、不幸にはしたくない」

「純子さんはお前を信じて来たんだろ? お前が連れてきたので、病気で若くして亡くなったという話は違うということが分かった。お前が連れて来ちゃったから、向こうでは死んだことになったんだろうなあ。これだけの美人だ、向こうにいたらどんな人生が待っていたのかと思うとな・・・」

「そうだな、敗戦から70年のジャンプは大きいな。その間の高度成長期や人類が月に行ったことも一気に飛び越えてきたんだもんな。そこを埋めるのは大変だな」

「彼女は、ぼくが一生をかけて愛するたった一人の女性だ」

「うんうん、お前の気持ちはわかっている。何があっても俺たちで守って行こう」

「石井には言ってなかったけど、ロンドンにいたころ不思議な夢を何回か見たんだけど、純子さんが夢に出てきたんだ」

「ええ?夢に出てきたのか」

「うん、そのときは彼女が誰かは知らなかったんだけどね。目が覚めても、やけにはっきり覚えている夢だったんだ。彼女のことも、その言葉も所作も、すべて消えずに覚えていたんだ。3回の夢の内容もすべて覚えているんだ」

「不思議な夢だったんだな」

「3回目の夢の時、純子さんは僕に『早く迎えに来て』って言ったんだよ」

「おいおい、マジ?」

「マジ卍卍 !」

「実際に逢った時、純子さんは嫌な男に迫られていて、座敷牢に入れられていたんだ」

「ええ?なんだってえ」

「それを天窓から救い出してね」

「天窓だってえ?」

「純子さんも一緒に行くって決心してくれたから、もう止まれなかった」

「それで、一緒に戻ってくるって決めたんだな」

「時空を超えるって言うリスクはあっても、もう置いていけなかったよ」

「そうか、そこに居たら彼女は不幸だったかもしれないんだな」

「それは分からないけど、彼女は行くって望んでくれた」

「うん、凪、叔母を連れてきてくれてありがとうな」

「こっちこそ、ありがとう。ほんとは石井に認めてもらいたかったんだ。石井に応援してもらえれば、ぼくらはうれしいんだ」

「留学から帰国して、藤子さんの所で石井が純子さんの写真を落としただろ」

「あ、あの時お前は何か不思議なこと言ってたよな。焼き増ししてくれとか」

「うん、驚いたよ。純子さんが、石井のおじいさんの妹だったなんて」

「もう死んでしまって、いないことを俺が話したよな」

「そう、じゃあ、会うこともできないし、迎えに行くなんてできないじゃんって、あの時思ったんだ」

「そうだよな、それこそ夢の話だな」

「あのときはがっかりしたんだ」

「でもさあ、お前はタイムスリップして彼女を連れてきてしまったんだなあ」

「人生って、不思議なことがたくさんあるんだと思い知らされたよ」

「ホントだよなあ。でも、不思議なことはお前の周りだけに起こっているみたいだけどな」

「あ、そうか」

「できれば俺も、赤山でお前と一緒にタイムスリップしたかったよ」

「もし、行ってたら何をしてた?」

「そうだなあ・・・何をしてたかなあ?」

「若い頃のおじいさんに会いたくない?」

「いいよ、いまだって話はできるんだし・・・」

「石井ととっても似ていたよ。ノートを出してメモする姿なんてそっくりだったよ」

「そりゃあね、似ているだろうよ。じいちゃんを見ていると、自分もこんな老人になるんだろうなと思うことがあるよ」

「遺伝子だけでは語れない共通点があるのが面白いよね。でも、こうして帰って来れるとは思わなかったんだ。あの時代で死ぬのかなあって思って不安だった」

「そうか、そうだよな。そんなところに突然投げ込まれたら、不安しかないなあ。もしかしたら、神様はお前を選んでタイムスリップさせたのかもしれないなあ」

「えっ?」

「だってさ、もしおれだったら間違いなく戻って来れなかったと思うよ」

「僕は曾祖父に助けられて戻って来られたけど、曾祖父が言っていたよ。曾祖父が祖父へ、祖父から父へ、父から僕へとずっとタスキがつながれている。そして、僕があるのは、そんな絆のもとに存在しているからなんだって。一人だと思っていても、目に見えない祖先たちにいつでも守られているんだと教えてくれた。きっと、石井も祖先たちに守られてタスキを渡すランナーになっているんだと思うよ」

「そうか。俺にもそんな背景があって、いまを生きているのかあ」