理不尽な
朝起きると、もうじいちゃんと父は海に出ていた。父のやる気は続いているようだ。
「ばあちゃん、父さん頑張ってるね」
「あいよ。このまま続いてくれるといいね」
こういう会話ができることがうれしかった。家族の話題を語れることが、今まではなかったことなのだ。話すと気が滅入るので、敢えて口にすることはなかった。

校門の前で石井が待っていた。
「和泉、おはよう」
石井を無視して、教室に向かった。しかし、体育館の横で、あの2年生に止められてしまった。迷惑な人たちだ。
「なんなんですか?」
「お前、1万円持ってきたんだろうな」
「うちは貧乏で、そんな金はありませんって」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだよ」
ふたりの2年生は、いきなり拳で殴ってきた。さらに殴りかかろうとしたとき、誰かが声を上げた。
「キャー、誰か来て~! たいへんよ~」
「やばい、行こうぜ」
ふたりの2年生は走り去った。

さっきの声の主が、駆け寄ってきた。同じクラスの水野純子だった。
「和泉君、大丈夫? 保健室に行きましょう」
「大丈夫だよ」
「でも、血が出てるわよ」
「大丈夫だって言ってるだろ・・」
保健室に誘う水野を振り切って、何もなかったように教室に向かった。教室では水野は傷を抑える様子を気にして伺っている。石井はこちらを見てはすまなそうに合図を送ってきた。変な関係だったが、高校に入って初めてつながりのできた石井と水野だった。

家に帰ると、じいちゃんと父が網の手入れをしていた。その前を邪魔しないように入るのも、この家のしきたりだった。
「ただいま」
「おかえり」
じいちゃんの声が背中に投げられた。この声を聞くだけで気持ちが安らぐのだ。これは両親が離婚してここにあずけられた時から、何十回も何百回も繰り返してきたことだった。

CIMG0839じいちゃんはよく散歩に誘ってくれた。海のことや空のこと、食べられる草のことを歩きながら教えてくれた。それは「ただいま」の後の楽しみでもあった。散歩の帰りには小さかった僕はいつも眠くなってじいちゃんに背負われて帰ってきた。
じいちゃんの声は小さい頃からの子守歌のようなものだった。冬の散歩では空にはたくさんの星が輝いていた。

星空の見えるときに限って、じいちゃんは三橋美智也の「星屑の街」を歌ってくれた。
海辺の家に帰る山道を下るとき、歌詞にあるようにじいちゃんと僕は両手を回しながら、揺れながら、歩いて行った。
「じいちゃん、歌の人なんで泣きながら、たった一人で帰ったんだろ?」
「大人になればわかるよ。むかし戦争があってな、この歌は爆弾で燃えている自分の家を探して彷徨っている歌だと聞いたことがあるよ。いま聞いても分からんだろう」
両親の離婚で母に置き去りにされ、母を追って駅まで走った幼い思いから、理解できる時期は早いとじいちゃんは思っていた。
     〈 つづく 〉