凪の成長
離婚後も父さんは転勤が多く、僕はじいちゃんの家にあずけられていた。これが特殊な環境だというわけでもないし、両親の離婚や別居は珍しくない。今までも、母さんはじいちゃんとばあちゃんが嫌いだったから、じいちゃんの家に出入りすることはほとんどなかった。この家の中に、母さんのぬくもりを感じずに済んだので、それは幼い頃はかえって良かったのかもしれない。

1401339414_1755773「ただいまあ」
「おう、おかえり」
じいちゃんは網を縫う手を休めて声をかけてくれる。
僕はじいちゃんが好きだ。じいちゃんはいつも村田英雄のうたを歌う。ガラガラ声で最初は嫌だったけど、僕の大事な子守歌みたいなものだ。だから僕もカラオケではじいちゃんの十八番「無法松の一生」を歌う。村田英雄の歌は、じいちゃんの仲間の漁師たちには喜ばれる。友達は何で演歌なんか歌ってんの?って聞くけど、僕はこの歌が好きだ。いつかこの「無法松の一生」という昔の映画を借りてきて、じいちゃんと一緒に見たことがあったが、何故か泣けてきた。主人公の松さんに泣けた。そんなぼくも高校生となる。ここは海の近くなので波の音は空気のようなもの、あって当然の生活だった。港には大きな波のうねりが寄せていた。

入学式ではじいちゃんとばあちゃんが、一張羅の服を着て出席してくれた。じいちゃんのネクタイ姿など、この日まで見たことがなかった。いや、小学校の入学式以来かもしれない。中学の入学式の時は、じいちゃんは体を壊して入院していたから、出席できなかった。今でも悔しがっていたじいちゃんを覚えている。新入生の群れに僕を見つけると、じいちゃんは泣いていた。ぽろぽろとたくさんの涙を流して泣いていた。周りの父兄たちはそれを見て、こそこそと話していた。ばあちゃんはそんなじいちゃんに、そっと手ぬぐいを渡していた。じいちゃんは周りにはばかることなく、あふれ出る涙を手ぬぐいで拭っていた。それを見ていたら僕の目にも涙があふれてきた。

そんな入学式から数日すると、学校にも慣れてきた。中学よりも長くなった登校距離も、真新しい環境も日常のように思えてきた。人間は環境に応じて変われるものなのだと、そのとき身をもって感じた。両親の離婚も。父と離れて祖父母と暮らす生活も、今までもそしてこれからも続くのだろうと思っていた。最初は寂しかったり悲しかったりするけど、時間が解決してくれる。人間は耐えることで新しい何かを受け入れることができるようになる。忘れて暮らすことも自分であり続けるひとつの方法だった。

       〈 つづく 〉