赤山の地震

赤山地下壕は館山航空隊基地の南側に位置する赤山にある総延長2キロメートルの地下壕と巨大な燃料タンク2基が残っている。戦時末期は本土決戦に備えて大規模に堀削されている。大部分はツルハシによる素掘りである。壕内には戦闘指揮所、指令室、医療施設、兵舎、航空機部品の格納庫、燃料貯蔵庫、発電所と思われる場所がある。要塞機能を持つ地下壕である。

ダウンロード断り切れなかった凪はいま赤山地下壕にいる。予定もなかったので石井に付き合うことにした。その石井もガイドの説明をノートに書いているようだ。地下壕の通路は洞窟のように続くが構造的な広さは東京駅地下街のように広大だ。洞窟の中を右へ曲がり、奥へ奥へと進む。壕の中はひんやりとした空気が漂っている。外の暑さを一時忘れることができる。戦時中とはいえ、こんな地下壕を人が掘ったということに凪は驚いていた。東京湾の入り口に位置する館山は軍事的に重要な場所にある。大房岬もそうだが、戦跡が生々しく残る地域だ。戦時中には、館山駅を出た汽車が大房岬に近づくと、汽車の窓のカーテンを閉めなければいけなかったと凪は祖父から聞いていた。大房岬に置かれていた大砲の位置が乗客には分からないようにするためだったらしい。赤山地下壕のガイドの話は現実かと疑うような話だったが、この地下壕を見せられては、その話も現実味を帯びてくる。

 

説明を聞きながら上を見上げた時、突然異変に気が付いた。見学コースにつけられた電気が揺れている。やがてミシミシという音がしたかと思うと、突然ガタガタと地面が揺れ出した。

「地震だ!これは大きいぞ!」

石井はノートで頭を隠していた。上下に激しく揺れて、しばらくして大きな横揺れとなった。船酔いにも似た気持ちの悪さが凪を襲っていた。地下壕内の電気が消えて真っ暗となり、ゴーという地鳴りのような音が見学者の叫び声を消してしまった。石井と凪は動けずに、その場で座りこみ、小さな落石から頭を手で守った。外で大きな雷のような音が響いている。これは大きな地震だ。外での被害は大丈夫だろうか。早くしずまれと凪は心の中で叫んでいた。灯りのない地下壕のなかで、凪の眩暈はぐるぐると回っていた。自分の体が波の中で回っているようで自由が利かない。凪は我慢が出来なくなって大声を上げた。

「わーああー」

凪は深い深い渦巻の底に向かって落ちていく、そんなイメージを感じながら、長い眩暈の中で瞬間の深い眠りに落ちた。

 

unnamedどのくらいの時間が経ったのだろうか、数分にも数十分にも思える中で、目を閉じて恐怖が過ぎ去るのを待っていた。しばらくして我に戻った気がした。少しのあいだ意識を失っていたのかもしれない。いまは眩暈もない。しかし、体を丸くして腹部を守り、頭を抱えて横になっている。あの大きな地震はおさまったようだ。石井は?見学者のみんなはどこにいるんだろう、大丈夫だったのだろうか?凪は薄暗い地下壕の中で息を落ち着かせていた。

 

「おい。お前はここで何をしているんだ」

突然、凪は腕をつかまれ引っ張られた。横になっていた体も起こされて、手荒に引きずられた。

「何するんだよ、痛いじゃないか」

「何?ここは民間人は立入禁止だ。こっちへ来い」

凪に話しかけているのは怖い顔をした日本兵だった。手をつかまれて薄暗い地下壕を進むと、すれ違うのは戦時中の日本兵ばかりだ。凪はぼうっとしていて、目の前で繰り広げられる光景が夢の中のように思えた。しかし、これはモニタリングでもテレビ番組でもない現実なのだ。

「こっちへ来い、早く歩け」

凪は上官の部屋へ連れていかれるようだ。奥の部屋に連れてこられたが、上官は緊急の会議で、隣の会議室へ行っていて部屋を開けていた。

「お前はここで待っていろ」

凪は部屋に残された。ひとりで為すすべもなく、静かに立っていた。部屋の壁には古い館山市内と思われる地図が貼ってあった。ここは赤山地下壕の中なのだろうか、日本兵のようないでたちの人たちは、ここで何をしているのだろうかと、凪の疑問は膨らんでいった。すると、隣室から何人かの大きな話し声が聞こえてきた。

「米艦ミズーリが東京湾を目指している」

「米軍が館山に上陸してくるかもしれない」

「市民にも戦ってもらおう」

「その情報は確かなのか?」

「我々は最後まで戦い抜く」

「ゼロ戦を掩体壕に移す」

 

通路をけたたましく走る音がして、地下壕の中にざわめきが起こっている。

凪はドアを少し開けると、誰もいないのを確認して通路を走り抜けた。無我夢中でこの地下壕から出ることだけを目指した。

「おい、こら、お前どこに行く?」

見つかった凪だったが、一目散で駆け抜けた。地下豪の中は米艦ミズーリの話で混乱していたので、配置の少ないエリアをぬって駆け抜けていった。さいわい追っては来なかった。それだけ地下壕内が異常な状況にあったのだろう。

そして、夕刻の混乱した地下壕からの脱出に成功した。町中には兵服が目立っていたので、赤山から山伝いで宮城方面に向かって凪は走った。途中、民家の井戸の水を汲み一杯の水を飲みほした。そのとき、ふと頭をよぎったのは石井のことだった。石井は無事でいるだろうか、それに他の見学の人たちはどうなったんだろうか。いまの凪は自分のことしか考えられない状況にある。夕刻の町はその服装も、顔も、闇のせまる中で逃げる凪に味方をしてくれた。闇に紛れて凪は逃げて町中へ、そしてたどり着いた宮城の山にある戦闘機用の掩体壕〈えんたいごう〉の中に隠れて一夜を過ごした。

300005895掩体壕とは戦闘機の形態型に作られたコンクリートの建造物で、戦争末期に空襲から戦闘機を守るために作られた施設で、250kg爆弾に耐えられるように設計された戦闘機用格納壕である。赤山周辺だけでも学生や市民、兵士によって10カ所余りが作られた。屋根部分には草が植えられていて、格納された戦闘機が、上空から見つかりにくい工夫がされている。凪が自動車の運転免許を取った館山自動車教習所への道路は道幅の広い長い直線道路になっているが、この道路は掩体壕から出した戦闘機が飛び立つための滑走路として作られた道路だった。平成の時代でも1カ所の掩体壕が残されているが、まさかその掩体壕のなかが一夜を過ごす隠れ家になろうとは想像もできなかった凪であった。凪が服に着いた汚れを手で払おうとして、それに気が付いた。ズボンのポケットに携帯が入っていたのだ。夕べ充電したはずだ。しかし、家族への通話もLINEもつながることはなかった。凪は戦時中の館山に自分が居るのではないかと、薄々感じ始めていた。

         〈 つづく 〉