館山は房総半島の南端に位置し、冬でも花が咲いている温暖な地だ。

ここ館山における本格的な現代弓道は、大正13年の弓道倶楽部の結成に始まる。元関宿藩の日置流竹林派の弓道師範であった三浦平之介を指導者としたが、明治4年の廃藩置県によって職を失い館山に来ていたようだ。これに師事した若者たちの中に凪の祖父、保がいた。祖父は弓道に魅せられてこの地に道場を開くに至っていた。

武道は日本人の「ものの考え方」や「行動の仕方」が内在する運動として取り組まれている。そこには日本人の世代に引き継がれる調和があった。弓道は「礼の道」「仁の道」である。
1365812015_1901490礼に始まり礼に終わるのが
「弓の道」、射は己自身を正しく
する道であり、もし失敗しても他人を怨まない道であると教えられる。「射は己自身の中に正しきを
求めるものである。己正しければ、心「こころ清しき」。
弓を射るということは、的に矢を
的中させることを求めるのではなく誠を尽くして発せられた矢が、おのずからなる結果として的中することを求めて行射しているのである。

矢を発して当たらなければ、他を怨むようなことなく、これを己に求めてよく反省せよと教示されていて、弓道は儒教を基礎とした道徳の修養道であることが分かる。

弓道には日本人が慣れ親しんだものの考え方がや行動の仕方があり、さらに体の健康ばかりでなく、心の健康にもつながる要素を持っている。祖父の長い人生の中で、ただひとつの心残りとなっているのが、深川道場でのライバルであり親友でもある竹下純子さんだった。館山湾を見下ろす丘の上に建つ施設に、探し求めた竹下さんがいる。目の前に迫った白い建物がその施設である。施設の前で、ミユキの足が止まった。
「凪、ちょっと待って。私何だかドキドキする」
「僕もそうなんだ。少し休んで、深呼吸してから行こうか」
玄関のベンチで気持ちを落ち着かせてから、祖父からの手紙を左手に持っていることを確認して、凪は立ち上がった。それを見て、ミユキも立ち上がり、あとにつづいた。受付で部屋を確認して、廊下を奥に進んだ。
「凪、この奥に竹下さんがいるんだね」
「もうすぐ会えるね」

凪とミユキはある部屋の前に立っていた。ふたりは目を合わせて心を決めて頷いた。
「失礼します」
ノックして扉を開けると、部屋の奥で車いすに座った細身の婦人が、窓の外の海を眺めていた。何かを考えているようで、凪たちには気がついていないようだ。凪は竹下さんの背中越しに声をかけた。
1396933597_2589010「宮下純子さんですか?」
「はい」
「はじめまして、僕は石田保の孫の凪といいます」
凪の声を聞いた婦人は振り返り、優しい眼差しで凪を見つめていた。
「保さんのお孫さん」
「はい」
小さな上品な声で囁く、きれいな御婦人だった。


「おじい様はお元気ですか?」
「じつは、去年の暮れに亡くなりました」
「えっ?えっ? 保さん亡くなったんですか?」
「はい」
婦人は肩を落として、下を向いてしまった。そして、しばらくの間沈黙がつづいた。静かに目を閉じた婦人は何かをつぶやいているようだったが、凪たちに聞こえることはなかった。
様子を見ながら、婦人の背筋が伸びたのを確認してから凪は話しかけた。
「祖父はどうしてもあなたに逢いたくて、連絡を取ったのですが分からなかったようです。それが最期まで気がかりだったようです。それで、あなたに渡して欲しいと僕が手紙を預かっています」
「そうですか。私も保さんに会いたくて、ここを選びました。ここにいれば、いつか保さんに会えるかもしれないと思っていました。そう、亡くなったんですね、保さん・・・」

「はい、祖父はあなたのことを竹下さんといっていました。祖父の記憶の中では、竹下さんなんですね。竹下純子さん、じいちゃんからのこの手紙、確かにお渡しします」
「ありがとう」
手紙を手渡すとき、婦人が涙をこぼしているのに気づき、凪も目頭が熱くなった。細い指だった。手紙を大事そうに両手で包み込み、小さく頷いた婦人は、凪にゆっくりと頭を下げてから手紙の封を開いた。その手は小刻みに震えていた。

  〈続き〉