宮下家を後にした凪とミユキは、二合半坂の途中で道路脇に腰かけていた。
「ミユキちゃん、来週の日曜日に深川の道場に行ってみようと思うんだ。宮下さんのお話を聞いていたら、じいちゃんと純子さんたちが修行していた頃のことを知りたくなってきたよ」

「うん、なんか寂しいよね。純子さんの一生って、話したくても話せない切なさを感じちゃう。男と女ではまだ偏見のあった時代だから、結婚だって思ってもいない選択肢だったんだと思う。自分の自由になるときって楽しいし、すぐに時間が経っちゃうでしょ。それは人生を通してもきっとそうなんだと思う。楽しい時があれば、辛い時もある。それは半分ずつだって思っていたけど、辛い時の方がずっとずっと多い気がする」
「そうだね。いま僕たちは、すごく自由なときを過ごしていて、あっ、もちろん勉強とか人との関係とか嫌なこともあるけど、じいちゃんの時代と比べれば、自分で選んで決めることができるし、ミユキちゃんの言う人生の中での楽しい時を過ごしているのかもしれないね」

「私はいま弓道を習っているけど、思う通りに引けないこともあって悩んでいるんだ。弓道は相手がいないから敵は自分の中にあるって言われる。平常心を保って癖のない動作を心掛けているんだけど、それができないんだ。すべては自分に返ってくる。自分との闘いっていうけど、それは贅沢な悩みだったんだね。純子さんは、それ以前に家族に対して の責任感や不安を重圧として受け止めてきて、自分と向き合う時間なんて無かったんだと思う」
「うん、まだウーマンリブなんて言葉もないし、自分で決められることって少なかったのかもしれないね。そうそう、学校の先生が言ってたけど、今年11月に渋谷で第一回ウーマンリブ大会があるらしいよ」
「毎日が大変な日々で、モーレツに働いてきたんだろうなあ。弓をひいてた時代の写真を見て泣いていたなんて、悲しすぎるよ」

「ところでさあ、コマーシャルでいま『モーレツからビューティフルへ』ってやってるけど、なりふり構わずやるよりも、美しい生きざまってかっこいいと思わない?」
「どうしたの、急に」

「じいちゃんの生き方が、少し好きになった気がするんだ」
「うん、私、来週も一緒に行ってもいい?」
「もちろんさ、ミユキちゃんはもう僕たちの秘密基地にも行ったしね」
「な~に? 秘密基地って・・・」
「そうだなあ、男のロマンってやつ、うん」
「しょってらあ」

imagesこの日の帰りに、ふたりは映画を見た。この年9月19日に公開された映画「いちご白書」は、アメリカ人作家ジェームズ・クネンによるノンフィクションで、コロンビア大学での1966年から1968年までの学生運動が描かれている。ラストシーンでサイモンとリンダは、数百人の学生とともに大学の講堂に立てこもり、包囲する武装警察隊が突入してくる中、床を叩きながらジョン・レノンのGIVE ME A CHANCEを合唱するのだが、催涙ガスが撒かれる中、ひとりまたひとりと床から剥がされ警棒で叩かれ、傷つきながら連れ出されていく。そしてサイモンとリンダも引き離されて衝撃の流血シーンへ。そこで流れるバフィ―・セントメリーのサークルゲーム。映画が終わっても凪とミユキは暫くの間、座席を立ち上がることができなかった。凪は中学受験のとき、東大安田講堂から煙が上り、その周囲を飛ぶヘリコプターの光景を実際に目にしていた。周りの大人たちからは、「あんな大学生にはなるなよ」と言われていた。大学生の人たちは何をしているのだろうと、あの時分からなかったが、「いちご白書」を見て、何か熱い思いがこみ上げてきて、理解はしていないものの、同じ怒りを共有できたようで、少し大人になった気持ちになっていた。

     〈続く〉