日曜日、門前仲町から大手町で千代田線に乗り換えて北千住に向かった。湯島、根津、千駄木、西日暮里、町屋と、地上の情緒のある街並みが想像できる路線だ。

北千住の地下鉄駅は真新しかった。階段を地上へ向かって上り切ると、北千住駅の西口に出た。右後ろを振り返ると、ギターを抱えた流しが歩いていそうな飲食店の街並みが見える。北千住の駅は多くの路線が通るため、構造的には橋上駅だが、まるで防空壕のような半地下を掘ったような東口への歩道通路がある。自転車を抱えたおばさんと、少しかがみながら東口へと向かった。東口に出ると、左手には駅へ上る長い階段がみえる。これはすごい、じいちゃんの家に行ったときに連れていかれた洲崎神社の階段を思い出した。
角の店に、カップヌードルという新発売の商品が置いてあり、目立つ旗が立っていた。お湯を注いで3分でラーメンができるとある。そんなことができるのかと、両親への土産で購入した。左手に高い煙突が見えていて、まだ銭湯が混みあう下町のイメージだった。
北千住
駅前から直線で続く旭町商店街を行く。左にレコード店を見て、足立高校の通用門があった。ここで富士見から引っ越してきた竹下氏の家を、地図で確認した。旭町商店街を行くとやがて突き当たりに書店があった。ここを左折していくと公園があり、二組がキャッチボールができるブルペンのような網で囲まれた施設を含む公園だった。

確かこの辺だったと、凪は地図を見返した。公園の前に民家のおばさんの小さなおでん屋さんがある。ちくわぶをひとつ購入して、食べながら聞くと、洗濯屋さんの向こうの家を指さした。そこへ行くと竹下という表札の家を見つけた。
「ここかな、竹下さんか、まちがいない」
凪は玄関の戸をノックした。
「は~い、どなたですか」
「あ、石田といいます」
戸が開き、中から初老の眼鏡をかけたご主人がでてきた。
「はい、なんでしょうか?」
「あ、ぼく、祖父の友人を探していて、祖父をご存じないかと思い、訪ねてきました」
「なぜ私なのかな?」
「祖父の友人は、飯田橋の坂のところに住んでいたのですが、連絡が取れなくなったらしいんです」
「ああ、確かに以前は飯田橋駅の近くに住んでいました。君のおじいさんは何という名前なのかな」
「はい、石田 保といいます。実は12月に亡くなって、祖父の友人の竹下さんにと手紙を預かったんです。もし、竹下さんが祖父と弓道のライバル関係ならば間違いないと思うのですが」

「ああ、おじいさんは弓道をされるのですね」
「はい」
「うん、残念だが私は弓道をしません。弓をひかないし、石田という人にも心当たりがないんだなあ」
「え、そうですかあ」
「残念だが、人違いだね」
「そうでしたか。突然訪ねてきて、変な奴だと思われたでしょう」
「いや、君は一所懸命だし、早く見つかるといいね」
「ありがとうございます。失礼しました」
富士見の坂で、唯一得られた情報は、人まちがいに終わった。重い足を感じながら、先ほどの書店の前まで戻ってきた。ここで凪は去年発刊されて人気のある少年ジャンプの今週号を購入した。ジャンプには本宮ひろ志の「男一匹ガキ大将」と永井豪の「ハレンチ学園」が連載されていた。この二つの漫画は凪に多大な影響を与えていた。特に「男一匹ガキ大将」は主人公の戸川万吉が久保銀次とともに、日本国中を回り、各地域にいる男たちを探す旅が佳境に入っていた。祖父の友人探しの唯一の手掛かりが人まちがいに終わり落胆していたが、仲間を発掘して旅をする万吉に励まされる凪だった。その日を最後に、この旅は暗礁に乗り上げてしまったようだ。次の日、凪は朝から目がチカチカしていた。光化学スモッグのせいなのかもしれない。杉並区の高校生が光化学スモッグのせいで倒れたというニュースが床屋のラジオから聞こえてきた。
     〈続く〉

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